生き物の絵を描く時、魚と動物・鳥との大きな違いは?ヒレ?の存在だろう。しかしながら食用としての価値は、フカヒレやエイヒレ、ヒレ酒など限定的で、大多数の関心事は身(肉)だ。しかし興味深く観察すると、魚種や部位で色も形も大きく異なり、個性豊かなことが分かる。
東京・銀座の「すし処志喜」の女将(おかみ)、山辺恵美子さんは、魚のヒレをレジン(樹脂)でコーティングした「ウオヒレ」なるものを自作している。ヒレに魅せられた山辺さん流の楽しみ方だが、対象は観賞魚ではない。日々お店に届けられる食用魚だ。
胸ビレだけを比較しても、丸くステンドグラスのように鮮やかな山吹色のアカハタや、細かな鰭条(きじょう、魚のヒレを支える線状の組織)と朱色が特徴的なキンメダイ、アマダイは珍しいひし形をしている。?ウオヒレ愛?が止まらない山辺さんの解説がなければ、気付きもしなかった。
ひとくくりにヒレといっても、代表的な背ビレ、尾ビレ、胸ビレ、腹ビレ、臀(しり)ビレの5種のほか、サケ・マス類の脂ビレ、マグロ類の小離鰭(しょうりき)、マンタの仲間にある頭鰭(とうき)などさまざま。
尾ビレは前進のために使われ、左右に一対の胸ビレはかじやブレーキの役割を担い、背ビレ、腹ビレ、臀ビレはバランス保持に使われるといわれる。大きさの比率は魚によって千差万別だ。全身を見た時の印象とかけ離れた特徴をもつ魚もあり、それが「不思議ですね。何で違うんだろう」と興味をかき立てられる。
色使いにも法則がみられない。鰭条に沿って色が変わるかと思いきや、オオモンハタやスジアラには斑点状の水玉があり、オニオコゼは同心円状に模様が異なる。淡いピンク色のイトヨリダイの臀ビレは、なぜだか鰭条と垂直に黄色い2本の線が入る。ウマヅラハギはネズミ色の体色と相反して、胸ビレは鮮やかな水色、背ビレや臀ビレはさらに黄色も混じるグラデーションが美しい。
「志喜」は旬の時魚を信頼できる仲買人から仕入れており、ヒレも状態よく店に届けられる。山辺さんは店に届いた魚の頭を落とし、内臓やウロコなどを取る一次処理を担当しているが、この作業を通して、ヒレにも個性があることに気付いた。
ただ、頭や骨は煮魚や汁物に調理され、内臓も珍味として食されるが、ヒレだけが捨てられている。「魚のすべてを大切にしたい」と考え、処理の合間にヒレを裁断し、冷蔵庫で保管。手が空いた隙に厨(ちゅう)房の片隅で干して、休日に自宅で加工を始めた。
色と形だけでなく、鰭条の凹凸感も残したいと考え、最低限の樹脂でコーティングする現在の形にたどり着いた。完成したものだけで約60魚種があり、まだ樹脂で固めていない素干し状のヒレも多く控えている。
一部は店に持ち込んで「今食べている魚のヒレがこれです」と、会話のきっかけに使われる。店内にも飾っており、見つけたお客さんから、「こんな風に使ってみては?」と提案を受けることも少なくないという。
作品は「ウオヒレウロ子」の名で写真共有交流サイト・インスタグラム上(@uohire.uroko)に発表しているほか、これまでのコレクションの一部を撮影した小冊子(https://uohire.stores.jp/)も発刊した。お店で食事をすれば、直接見て、触ることもできる。
今後は水族館の土産や、インテリアなどへの利用を検討している。ヒレから魚を当てる魚食普及のワークショップにも生かしたいと考えており、「可能性がたくさんある」と楽しげに語る。