Vol.140  海洋大で人気「魚食文化論」

西潟氏が教えるアジの捌き方を真剣なまなざしで見る学生たち

 水産・海洋系学校の卒業生ならば「おいしい魚」、あるいは「食べ方」を聞かれた場面がいくつもあったはずだ。もちろん、水産や海洋という学問はバラエティーに富む。食や生物としての魚に詳しくなくても不思議ではない。だが、東京海洋大学はあえて魚と食の文化に特化した授業を開講した。なぜ大学で魚食を学ぶ必要があるのか。講座の狙いを探った。

魚食普及のプロから学ぶ

アイゴの魚食文化を紹介

 「東京海洋大学(旧東京水産大学・旧東京商船大学)は130年以上の歴史をもつが、これまで魚食文化に関する科目はなかった」と、同大学の婁小波副学長は解説する。寿司をはじめとする魚食が海外で高く評価される一方、日本は「魚離れ」が進行。それは現在の海洋大生にも当てはまるという。

 ただ、中原尚知教授は「海洋大生だからといって魚に興味があるとは限らない」と指摘する。魚に詳しい学生もいるが、その知識は趣味の範囲内にとどまっており、網羅的なものとはいえない。それでも社会に出ると、「海洋大生なら魚を捌けて当たり前」と認識されがちで、こうした断片的な評価に悩む学生も多いようだ。

 そこで婁副学長と中原教授に川辺みどり教授も加わった3人を筆頭に、2017年から魚食に特化した講座「魚食文化論」を開講した。海洋政策文化学科の1年生が対象で、魚食普及や食文化の研究に携わる現場のプロたちを招く講座は、オムニバス形式で全15回にわたって行われる。

 今年度は7人の外部講師が登壇し、魚食の歴史や魚食普及活動について説いた。川辺教授は、さまざまな角度から魚食について学ぶことで学生の視野を広げ「『魚に携わる世界は楽しい』と感じてもらうことが狙いだ」と話す。また講座を通して、魚食普及に関わる仕事を知ることにより、将来の選択肢に幅が広がる。

 学生たちの人気が高い講座で、毎年定員の2?3倍の希望者が集まる。

魚捌けた達成感味わう

調理実習でアジを捌く

 とはいえ、受講生の3分の1は「捌き方を知らない」「部屋が臭くなりそう」などの理由から、魚を捌いた経験がないという。そこで、魚食に関する基礎知識を習得し、興味をかき立てたうえで、最終回に調理実習を設ける講座とした。料理人であり、同大学の非常勤講師も務める西潟正人氏が、6年連続で講師を担当している。

 今年度の実習で西潟氏は、アジのなめろう作りを指導した。味付けはシンプルに味噌と長ネギのみだ。学生たちは、真剣なまなざしで下処理や三枚おろしのやり方を学んだ。初めは包丁の使い方すらままならなかったが、魚種を変えて2尾、3尾と自ら進んで魚を捌く学生が多かった。また、中には魚の口の中をのぞき込むなど、特徴をじっくり観察する学生もみられ、魚への関心が高まっていく様子がうかがえた。

 西潟氏は「多くの人は魚料理に対して難しく考えがちだ」と指摘する。その点、なめろうは多少失敗してもおいしく仕上がるため、「自分でも魚料理が作れた」と達成感が得られ、次に魚を捌くきっかけにつながる。

誰かと楽しむ魚食へ

学外でさまざまな魚料理を楽しむ海洋大生ら

 受講した学生に変化はあるか。中原教授は「魚を捌くことが得意とまではいかなくても、経験したことが重要」と講座の狙いを語る。実際に受講後の学生たちから、「仲間と集まって魚を捌いた」「日本中を巡ってもっと魚を知りたい」という声が寄せられた。「魚食への興味が深まっていることが実感できる」と分析する。

 ただ昨年度は、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、調理実習がリモート開催となった。学生たちの自宅には鮮魚ボックスが届けられ、西潟氏が作成した動画を参考に魚を捌くことで非常事態に対応。しかしリポートには、「家族と魚を捌くことで、これまでの気まずさが薄れた」など、思わぬ効果も報告された。

 西潟氏は「魚料理は誰かとともにある」と話す。「?あの人?を思って作る楽しさや、実際に食べてもらう心地よさ、一緒に食べるうれしさがある」という理由だ。魚食を知ることで、人と人との輪が広がっていく。

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