Vol.129  対馬の「ユーチューバー」

投稿動画「のどぐろ大漁!」のワンシーン

 「はい皆さんこんにちは! 対馬のユーチューバー早田です」のお決まりのせりふから始まる対馬がキーワードとなった動画を、動画配信サービス・ユーチューブに8年間で1500本以上投稿して地元をアピールし続けているのが水産会社・真心水産代表の早田真路さん(55)だ。きょうもiPhone(アイフォーン)片手に、対馬の水産業が栄えてほしい一心で情報発信に励む。

「対馬のユーチューバー」真心水産の早田さん

ユーチューブチャンネルの投稿動画一覧。全体のごく一部

 早田さんの動画は飾り気がない。どこまでも現場のあるがままを伝えている。そんな動画投稿の取り組みを始めたのは、ユーチューバーという言葉が一般化するかしないかの2013年ごろだった。地元商工会議所の関係で来島したアドバイザーに、「これからの発信は交流サイト(SNS)」と焚(た)きつけられたのが発端だった。

 早田さんは「パソコンはあったがネットは使いこなせていなかった。ガラケーだったし」と40代半ばだった当時を振り返る。技術的な助言は一切なかったので、デジカメの撮影動画をパソコンに取り込みアップする方法を独学で学んだ。「リアルな自分を表現しながら買ってほしいモノを売り込んでいくように言われてその通りにした。対馬を訪れ魚を食べてほしいという思いを伝えてきた。構成の工夫とか内容の面白さではなく、数を上げることを目指した」。

 チャンネル登録者数は現時点で590人にとどまるが「メディア関係者は面白がってくれて取材が来るようになった」。投稿本数が800本を超える頃にはテレビ番組のオファーが舞い込んで、ニュース番組やバラエティー番組に早田さん自ら出演。PRしたノドグロが話題となり、対馬産の指名買いが入るほどの人気になった。結果的にメディアを巻き込んで、うまく宣伝に活用できた。

ノドグロがキロ5万円に

真心水産で生産している水産加工品

 対馬は日本本土から132キロ離れ、地理的には韓国の方が近い。ユーチューバー活動を始める前に「東京・築地市場(現豊洲市場)に出向いて対馬の魚を取り扱ってもらえませんかと、大卸や仲卸に掛け合いに行ったら『入荷に2日以上かかる魚をわざわざ買わないといけない理由は』と逆質問され、即座に答えられなかった」と悔しがる。今なら「(ユーチューバーの)自分から買ってくれと言えるし、ほかに欲しがってくれる人も多くなった」と話す。実際、新型コロナウイルスの感染拡大直前にノドグロが最高単価でキロ5万円の驚異的な相場を付けていた。

 早田さんは、はえ縄漁師でノドグロを狙う兄の漁船にしばしば同乗して漁に出るが、自身は水産加工会社の経営者で厳密には漁師ではない。なので対馬の水産業の代表のように情報を発信することを快く思わない人もいる。また、水産の現場は伝統的に情報を隠してきた。「自分が損するのでは」と警戒されがちなので、釣り場や相場の公開に理解を得られにくい。

 しかし、情報社会の今はもはや隠すこと自体が不可能な世の中。早田さんは「だったら情報を積極発信して公開することが結果的に資源を守ることにもなるし、付加価値が高まり魚価も上げられる」と、情報化を逆手に取ったPR活動が地方創生の早道と信じている。

魚を売る軸はブレない

動画冒頭のお決まりのせりふを実演してくれた。今はiPhone一つですべてを行う

 今は、動画撮影もアップロードも簡単。iPhone一つですべてができる。だからこそ「本当は自分でなくて、漁師さん自身が日々のリアルを発信した方がよい」と早田さん。ただ、情報通信技術(ICT)では圧倒的に先行有利。自身が8年かけ育てた動画チャンネルをもっと活用してほしいと強く望んでいる。早田さんの思いをくんで協力する漁師さんは身内の兄以外にまだいないが、必ず出てくると信じて情報発信を継続していく。

 新型コロナのために対人営業もままならない今こそ、ネットが威力を発揮する時。アフターコロナを見据えて「対馬の魚を売るという軸はブレないようにしながら、毎日のように動画をアップしていきたい」と意気込んでいる。

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