Vol.131  イカがもっと好きになる

23枚のキャンバスで表現した「共」。目を凝らすと各枚にアオリイカが潜んでいる

 全世界のあらゆる海に分布するイカだが、日本人と特に関係が深いスルメイカは不漁により供給が不足し、消費が減少している。ただ、イカとの距離が生じてしまえば、再び資源が回復した時に恩恵を享受しきれない恐れもある。約17年間イカだけを描き、イカと対話してきた画家の宮内裕賀さんに、食材だけでないイカの魅力を聞いた。

見て、知って、描き、食べる

公開交流企画「イカイカ天国」で巨大イカ作品を描く宮内さん(鹿児島・湧水町)

 鹿児島県在住の宮内さんは、画題としてイカを選ぶだけでなく、画材もイカから採取している。

 イカ墨は粒子状に細かくし、アラビアゴムを混ぜて黒色を表現する。ただ、墨の色は真っ黒ではなく、イカの種類によって濃淡が異なる。ダイオウイカはわずかに緑がかっていたそうだ。画家のレンブラントやレオナルド・ダビンチも、イカ墨インクを愛用していた。「セピア色」のセピアは、古代ギリシャ語のコウイカが語源だ。

 外套(とう)膜の背面にある甲は、乾燥させて日本画の胡粉(ごふん=貝殻で作る日本画の白色絵具)同様に加工する。粉砕機を使えば30秒で粉末になるが、熱が出るためか、思っていた色から離れてしまった。結局は乳鉢で数時間かけて砕くそうだが、「イカと向き合うために必要な時間」ととらえる。

 眼球にある水晶体はキラキラとビーズのように輝き、装飾として利用できる。不思議なことに球状の水晶体は、乾燥の過程で2つに割れ、画材に貼りやすい半球になる。

 いずれも、食材として利用するだけでは知り得ない情報だ。ほかにも「顎板(嘴〈くちばし〉のような一対の組織)をペンにできないか」「軟甲は筆になるか」など、モチーフと真に向き合い、見いだした特徴的な形態を作品に生かすすべを日々探っている。

イカでイカを描く

イカ墨で描いた「イカイボウ」。画材にもなったスルメイカ(右)、ヤリイカ(左)、アオリイカ(上)で黒色が異なる

 作品からは、ヒレ(えんぺら)や腕の保護膜をカーテンのように、ひらひらと動かす優雅さや、長い触腕を弓矢のように伸ばす、捕食者としての強い生命力も感じる。他方、外套膜を開いた内臓部や、食卓に上がった料理も一枚の絵に収めることで、生物としての原点を追い求めたくなる。作品を通じてイカの情報が次々と上書きされ、新たな見方ができることで、絵の魅力が増していく。

 宮内さんがイカ画家になったきっかけは、約17年前のこと。釣り好きのおじさんが持ってきてくれた、釣りたてのアオリイカに衝撃を受けた。透き通った大きな目と、色素胞の伸縮で目まぐるしく変化する体色が不思議で、「地球外生物のように感じた」そうだ。

 くしくも通っていたデザイン学校で油絵を出品する課題があり、モチーフを探していた時だった。試しにイカを描いてみると、「何よりもしっくり合った」という。以降もイカの絵を制作するが、「これだ」と思える出来栄えでも、何かが違うと感じ、やがて「次はこう描きたい」という気持ちが湧いてくる。描き飽きることがなく、「イカ以外を見る余裕がない」という没頭ぶりだ。

注文を受けた漁業者のオリジナル作品を制作することもある

 現在は専業画家となり、作品は個展やイベント、通販サイトで販売するほか、注文制作にも応じている。漁業者から「ウチの船とイカを描いて」という依頼もあるそうだ。交流の輪が広がると、流通に乗らないイカや、変わったところではマグロの胃袋から出てきた捕食後のイカを提供してくれる人も周囲に集まり、新たな作品が誕生するきっかけとなっている。

 食材としての魅力も感じている。〝推しイカ〟は画家へのきっかけとなったアオリイカだ。透き通るほどの高鮮度もよいが、1~2日ほど熟成させた刺身が好みという。

 モチーフにしたイカはすべて食べる。「海で生まれ過酷な環境で育ち、多くの人の手を経て私のもとまで来てくれたイカの一生を受け取り、作品に生かす」と話す姿勢からも、イカへのやまない興味と敬意がうかがえた。

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