魚の流通の多様化で、プロの調理人が魚を仕入れる際も、電話一本、ファクス一枚、マウスのワンクリックで済む時代になった。
だが、実物を見ずに仕入れた魚は魚種や値段程度の情報しかもたない、いわば“無口な”魚たちだ。一方、市場で直に買った魚は、雄弁に自分を語り始めるのだという。仲卸は言う。「河岸(かし)においでよ!」。
河岸とは川の岸、昔は川の側に市が立ったことから、転じて魚市場のことを指す。魚河岸とも呼ぶ。日本一の魚河岸といえば、テレビなどでなじみの東京・築地市場だ。水産仲卸・神奈辰社長の粟竹俊夫さんは40年以上、世界中の魚が集まる築地の中で生きてきた。
「電話注文が中心のお客さんに、お勧め商品情報をファクスしていた時代もあった。だけど、なかなか目を通してくれないんだ。お勧めの注文は滅多になくて、結局は定番だけだった」と振り返る。
経費削減で、調理場や鮮魚売場の人がどんどん減り、河岸を訪れる時間をとるのが大変な時代ではある。例えば、料理人の仕事終わりはほとんどが深夜遅く。店がランチ営業もしていると、翌日、朝早くに市場に寄ろうとしたら、まともに休む時間がない。それでも「店の経営に勢いのあるのは、河岸に足を運ぶお客さん」なのだという。
よく消費者に魚を売るには、会話と会話のキャッチボールがある対面販売が重要という指摘がある。それはプロの取引も同じ。市場で毎日のように繰り広げる仕入れの“対面販売”が、魚をたくさん売り、お客さんに魚好きを増やす力になる。
「河岸では、時々の入荷、旬、相場観などが肌で知れる。不明な点はすぐ聞けるし、市場を歩いて“仕入れた”魚の薀蓄(うんちく)が、魚にうるさい常連さんを虜(とりこ)にする」。買い回りは、自分の目で見て、耳で聞いて確かめ、魚に付属する多くの”情報”を仕入れることでもある。
そうして納得して買った魚は、持ち帰った店でもやはり売れ行きが違ってくる。「おそらく気持ちが魚に乗り移るんだね。自然と売れていくんだ」。
粟竹さんが長年鍛えた”目利き”で商品を揃える際、「これはいいものだ。残ったら自分で食べよう」と下心込みで買い付けた魚は、「大抵売り切れる」と愚痴をこぼす。「自分がいい魚だと思うから、買い出しにくるお客さんの前で、その魚についてしゃべりすぎてしまってね」と、笑顔の粟竹さん。熱い思い、自分なりのこだわりがこもった魚が売れるのは魚の流通のどの段階でも共通だ。