もの言えぬカツオ節に代わり、その魅力を伝える「かつお食堂」が開店して1年が過ぎた。店を切り盛りする永松真依さんは「カツオ節伝道師」としての人生を歩むかたわら、同店でカツオ節が主役の定食を提供している。渋谷・道玄坂上という立地で、若い客層にもカツオ節が受け入れられるのはなぜか。その理由に迫った。
店舗はカウンターのみ8席で、朝?昼にかけての時間に、夜開店のバーを間借りして営業している。人気メニューの「かつお食堂ごはん」は本枯節を削ったカツオ節ご飯に、カツオだしを使った味噌汁とだし巻き卵、ぬか漬けが付く。カツオ節はご飯に崩れんばかりの山盛りで、カツオだし醤油で味をつけ、半分ほど食べたら“追いカツオ”のサービスも受けられる。
一人でやりくりする慌ただしい店内だが、永松さんは手間のかかる「削り」の作業を、ご飯一膳ごとに客の目の前で行う。「削った瞬間から香りが落ちる。節も鮮魚同様に鮮度が問われる」(永松さん)ためだ。
店内にはカツオ漁の操業風景を収めたDVDが流れ、関連する書籍やグッズも揃う。漁業者や漁村、“今月の節”を作った生産者の紹介など、食材に込められた愛情を、永松さんがきちんと伝えることで、よりおいしい料理へと昇華させる。
ユネスコの無形文化遺産に登録された和食は、東京五輪・パラリンピックで海外からの注目も高まる一方、基本といわれるカツオだしについて、家庭で節を削って食べる習慣の回帰には至っていない。「外食などでコストを抑えようと思ったら、最初に省かれるのはだし。ちゃんとした食事をするには、手間もお金もかかる」(永松さん)。
ただし、カツオ節離れと一蹴するのは性急すぎる。食堂は開店当初こそサラリーマンが大半を占めていたそうだが、最近はOLや渋谷を拠点とするクリエーターも多い。話題先行で来た若い人たちが「カツオ節ってこんな味なの」と驚き、友人を誘って再び足を運ぶことも少なくないそうだ。
やはり日本人には、カツオの節やだしを「うまい」と喜べる素養があるのか。もしくは世代を問わず、「うまい」と思えるのがカツオなのか。いずれにせよ、カツオ節離れの背景には、接する機会の不足が挙げられそうだ。
永松さんは同世代の若者にカツオ節に接し、魅力を共感してもらおうと試行錯誤を繰り返したが、「食べておいしい」という本質をストレートに伝えることを決め、同店を開いた。マスコミへの登場も増えてきたが、一方で「レア感は出したくない」と話す。カツオ節は外で食べる特別なものではない。あくまでも日常で食べてもらうことを目標にする。
そもそも永松さんは、カツオ節と交わらない人生を歩んできた。夏休みに訪ねた祖母が節を削る姿を見て、内面から出る美しさを感じたという。以来、全国のカツオ節を訪ねながら、現職にたどり着いた。だからこそカツオ節を知らない人たちが何に驚き、共感するのか。彼らに伝わる言葉で話せるのかもしれない。