Vol.74  「丸魚しか売りません!」おかしらや旗の台店の挑戦

店内は広さが限られるが、丸魚を選び買うだけなので客の回転は早い

店内は広さが限られるが、丸魚を選び買うだけなので客の回転は早い

 ある鮮魚小売店の店主がつぶやいた。「床屋は髪を切ってお金をとるのに、なぜ魚屋は無料で魚を切らなければならないのか」。確かにバックヤードのある店では、丸魚から「ウロコ落とします」「内臓取ります」「三枚におろします」のサービスが定着している。半面、これら作業をせず、丸魚の販売に特化して削減したコストを顧客に還元、格安販売を実現させて、集客と同時に、魚捌き人口を増やす好循環を生んだ店がある。

“捌かない”で魚好き増やす

新業態の店舗でアイデアを実践する日下部店長

新業態の店舗でアイデアを実践する日下部店長

 東京・品川区旗の台の「おかしらや」は、フーディソンが今年2月に始めた新業態の鮮魚店。飲食店向け卸売事業「魚ポチ」や、鮮魚小売店事業「sakana bacca(サカナバッカ)」、流通を手掛ける関連会社のフーディソン大田など、水産流通の新機軸に挑む同社をもってしても、「チャレンジングな事業」という。
 なにしろ店舗には包丁もまな板もない。バックヤードは製氷機と荷箱があるだけ。仕入れた丸魚をそのまま陳列し、客が選んだものを袋に詰め、会計するだけの魚屋だ。

手間分を価格で還元

 現在の魚屋を、おかしらやの日下部俊典店長は「どうしてもコストがかかる構造になっている」と分析する。同店は“丸魚専門”を概念に掲げ、この課題に挑んだ。

 「魚を捌く」に対応しないことで、調理加工できる技術者の確保が不要になる。社員でなくても店をオペレーションできる体制にして、支出で最も大きな割合を占める人件費を、極力抑えた。

 加工場がなければ、店舗は狭くてよい。同店は販売に5坪(約16・5平方メートル)、事務所とバックヤードを合わせても約10坪で、賃料は大幅に削減できた。水回りの店舗改装工事も簡素で済み、設備費の償却も早い。

 店の運営コストを極力そぎ落とす発想の転換で、採算分岐点は同社のサカナバッカに比べ、はるかに低く設定できた。

 削減したコストを売値に還元することで、格安販売を実現させた。「捌いてよ」と言われることも多いが、同店ではすべて断っており、その理由を説明すると、皆納得してくれるという。

定番に縛られない

取材日のラインアップ。早い者勝ちで完売御礼

取材日のラインアップ。早い者勝ちで完売御礼

 魚の選び方にも工夫がある。狙うのは大量に揚がったもの。無理に定番を揃えれば、相場で価格がコロコロ変わり、安くは売れない。知名度よりもその日に安く、おいしい魚を大量に仕入れることで、より安価に、個性的な魚が提供できる。

 オアカムロは産地開拓の社員から、「浜で売れず漁業者が困っている」と聞き、高鮮度品をまとめ買いした。マアジに比べ鮮度落ちが早く、産地以外の知名度は極めて低いが、冬から春にかけ脂がよく乗る。先入観なく購入し、「今まででいちばんおいしい魚だった」と評価した人もいた。

 「あすの魚は何?」と聞かれても、「『分からない』としか答えられない」(日下部店長)。開店時間は正午で、“今日の魚”は午前11時30分に店頭のボードに記される。その時間に一度来てスマートフォンで撮影し、「LINE(ライン)」でシェアするママ友のコミュニティーもあるそうだ。

捌けない人も多い

“捌けない人”を呼び寄せる策が随所にちりばめられている

“捌けない人”を呼び寄せる策が随所にちりばめられている

 一次処理をしない店だけに、客はうまい下手にかかわらず、自分で魚を捌ける人が多い。ただ、日下部店長は「捌けない人も2?3割はいる」と話す。「これだけ安ければ、調理が下手でも、損した気にならないと考えるためではないか」。

 安さでトライした初めての魚捌き体験が「楽しい、おいしい」と再来する人は、特に若者に多いそうだ。同店は魚の捌き方や簡単な調理法を記した資料を配布し、ホームページには調理動画も掲載する。日下部店長は魚離れ・魚調理離れとは、「『捌けない』でなく『捌く機会がなかった』だけ」と実感している。

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