Vol.82  芸は魚(うお)助ける、鹿屋市お笑い活用

話せない「かのやカンパチロウ」(左)との掛け合い漫才のような進行も、半田さんの企画という

話せない「かのやカンパチロウ」(左)との掛け合い漫才のような進行も、半田さんの企画という

 全国各地から発信される水産情報は、情報過多な現代、右から左へと抜けてしまう場合が多い。芸能界に「1クールのレギュラーと1回の伝説。どちらの勝ちか」の議論もあるが、伝説になる水産情報は限られる。だが、お笑い芸人と協働した街おこしでマスコミへの露出度を増やし、特産品を印象付けることに成功した水産都市がある。

カンパチ広報に前例なき実験

背景のポスターは半田さんとカンパチをコラボした販促グッズ

背景のポスターは半田さんとカンパチをコラボした販促グッズ

 地域おこし協力隊として現在は鹿児島県鹿屋市農林商工部ふるさとPR課に籍を置く半田あかりさんは、松竹芸能の所属芸人でもある。“街おこし芸人”としてマスコミへの露出度を伸ばし、同市で生産される養殖カンパチ「かのやカンパチ」を紹介する機会を増した。

 半田さんはテレビの出演者ではあるが、制作側が考える「使いやすい人」になることを意識しているという。彼らが関心をもちそうな話題を自らの足で収集し、地方自治体の職員として入手しやすい行政情報は、分かりやすい言葉に翻訳したうえで活用。短時間で興味をもってもらえる内容に構成して提案する。

 分厚い資料を参考に「数打ちゃ当たる」とする加算式の考えはない。放送時間が足りない時などは短い時間の番組づくりに協力し、急ピッチで情報の優先順位を再構成する。テレビ局に負担の小さい企画の提案と実践で、出演機会を増やした。

 この「ネタ探し」と「見せ方の工夫」は、芸人の世界に通じる。鹿児島へ来る前、大阪時代にはレギュラー番組を5本もち、レポーターとしての経験も豊富にもつ半田さんの経歴が生きた。

プロ集団に最後のピース

地域に散らばるプロをつないだ功績は大きい

地域に散らばるプロをつないだ功績は大きい

 2016年4月から鹿屋市役所に籍を置いた半田さんは、市のオフィシャルリポーターとして地元のPR活動を業務としている。盛んな養豚業に、日本最大級の規模のバラ園ももつ鹿屋市だが、半田さんが特に注目したのは養殖カンパチだった。

 JF鹿屋市漁協青年部を中心に始まったカンパチのファンを増やす運動は、イベントで行うカンパチのつかみ取りが好評で、顔がカンパチ・体は人間の「かのやカンパチロウ」に、「カンパチソング・カンパチダンス」など、素材は揃っていた。青年部員の気概の強さも印象深かったという。

仕掛け人として奔走した福井前副市長

仕掛け人として奔走した福井前副市長

 福井逸人前副市長(現・農林水産省食料産業局商品取引室長)は「半田さんの存在が、かのやカンパチのPRを成功させた最後のピースだった」と話す。発信力の強化を狙い自ら提案した企画を、松竹芸能が“実験”として共感。派遣された半田さんは、抜群のコミュニケーション能力と視野の広さに過去の経験も合わせ、効果的な発信を目指し構成を練った。

 実際に東京・狛江市で8月に行った「東京カンパチジャック」では、これら鹿屋市にある素材をフル活用したうえ、カンパチ料理も提供した。五感に訴える内容をわずか2時間にまとめて進行し「鹿屋=カンパチ」の認識を、来場者に強く印象付けた。

 イベントの合間にみせたカンパチの解体ショーは、朝4時から市場で特訓して、自身で行えるようにした。「小さなイベントに板前さんを呼べないし、話も上手ではない。私がしゃべって実演すれば、コストは下がり話題性が上がる」。

 生産から市場、流通、加工、販売、行政など、水産に関わるプロが数多(あまた)に存在する。鹿屋市は独自企画も出来上がっていた。ただし、福井前副市長は「半田さんの細かな配慮で一つになれた」と振り返る。

 すべての芸人が同様に活躍できるとは限らないが、慣例を捨てきれず四角四面な広報を続けるならば、地方自治体や水産業界に、マスコミの裏側を知るお笑い芸人を介した発信も魅力的ではないだろうか。

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