2026年2月27日(金)

《無料公開中》<Dr.阪井の魚経済学>1 経済学でみる水産業 割れた窓の経済効果

 この連載では、わが国の水産分野のさまざまな課題について、研究事例を紹介しながら私の所感を述べていきたいと思う。私の専門分野は経済学であり、私の物の見方は多少なりとも経済学的な考え方に基づいている。まずは、経済学的な考え方とは何か、から始める。 

 ヘンリー・ハズリットというエコノミストが1946年に出版したEconomics in One Lesson(邦題:世界一シンプルな経済学)という本がある。経済学の考え方を明快に示した本であり、私の講義でも毎年使っているものだ。この本において、経済学的な考え方はたった一文に集約されている。すなわち、経済学とは、「政策の短期的な影響だけでなく長期的影響を考え、また、一つの集団だけでなくすべての集団への影響を考える学問」というものだ。そんなことは当たり前だと思われるかもしれない。しかし、言うはやすし、行うは難しである。試しにEconomics in One Lessonに出てくる最も簡単な例を紹介しよう。

木を見て森を見ず

 ある町で、少年がパン屋の窓を割ってしまった。町の人が集まってきて、この少年への処分を検討している。いわく、窓ガラスを割ったのはよくないことだが、よいこともある。なぜなら、パン屋は新しい窓ガラスを発注することになるから、そのおかげでガラス屋は新たな収入を得ることができる。ガラス屋はその収入の一部をさらに花屋で使うかもしれない。このように、ガラスが割れたおかげで追加的な収入を得られた人たちがいることを忘れてはならない。少年の処分を決定するのに際しては、この点も考慮すべきなのだ。

 この主張にすぐに反論できるだろうか。東京大学農学部の学生に対して毎年この質問をしているが、およそ8割の学生はすぐには反論できない。少なからぬ学生が、経済効果の発生を認めたうえで、窓ガラスを割ってよいかどうかというモラルの問題と同列に扱うべきではないと考えてしまう。しかし、この町の人たちの主張は明瞭に誤りである。その理由は、まさに一つの集団だけをみてすべての集団への影響を考えていないことだ。

 実は、パン屋は窓ガラスが割れなければ、そのお金で新しい本を買う予定だった。本屋は新たに得た収入の一部をさらに八百屋で使ったかもしれない。つまり、今回の事件の関係者はパン屋・ガラス屋・花屋の3人ではなく、本屋・八百屋を含めた5人なのである。ガラス屋と花屋は新たな収入を得るが、本屋と八百屋は同じ金額の収入を失っている。したがって、すべての集団への影響を考えれば、追加的な経済効果は存在していない。あるのは、世界から窓ガラスが1枚消えたという純粋な損失である。

 短期的・部分的な視点で失敗している漁業管理の例を挙げよう。譲渡可能個別漁獲割当制度(ITQ)と呼ばれる漁業管理である。この管理を導入する際に、少なくとも初期の政策決定者らが見逃していたのが次世代の漁業者に与える長期的な影響だ。歴史的に、ITQの導入によって資源が回復しもうかるようになった漁業では、漁獲枠の値段が高騰している。その結果、これから漁業を始めようと考えていた若者が参入できないという構造が出来上がってしまった。漁獲枠を買うための資金を用意できないからだ。この点を踏まえると、実は一定期間ごとに漁獲枠を更新する個別漁獲割当制度(IQ)の方が優れていると考えることもできる。

 以上のように、この連載では、経済学的な見方をベースにわが国の水産業が抱えるさまざまな問題について考えていきたい。経済学的な見方は特別なものではないが、その習得にはある程度の訓練がいる。私は日頃からその訓練を積まされている(論文を投稿すると査読者に厳しく指導されるのが日常だ)身であるから、何か新しい視点を提供できるかもしれない。次回以降、具体的な課題を取り上げていく。(阪井裕太郎)

(月1回程度のペースで掲載)
画像の配置
Example Page
画像の配置
画像の配置
画像の配置
画像の配置
Example Page
画像の配置
画像の配置
画像の配置
画像の配置
画像の配置
画像の配置
画像の配置
画像の配置
公式アカウント
home

トップ

text

紙面見本

person

マイページ

search

検索