2026年6月5日(金)

《無料公開中》<タコ博士水産奮闘記>2 53歳で学位、タコ博士

大学院でミズダコ研究をスタート
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大学院でミズダコ研究をスタート
 振り返ると、50歳代は母校・北海道大学大学院への社会人入学から始まった。県庁で行政の仕事をしながらの学生生活で、休日や平日深夜、膨大なタコのデータを解析し、文献を読み、論文を書く生活が3年間続いた。当時、息子たちは高校受験、大学受験の時期だったが、わが家でいちばん勉強をしていたのは私だった(笑)。

「お前の仕事だ」

 大学院ゼミで年の離れた学生の前で何度か発表をした。大学での学位公開発表が終了した日、恩師の桜井泰憲先生は私を函館市内の居酒屋に誘い、「学位取得はゴールでなく、スタートだ。これをいかに社会に役立て、後輩を育てていくかがお前の仕事だ」と言われた。今でも忘れられない。

 53歳で札幌の本学で学位を取得し、地元紙に大きな記事が掲載された。かつての上司や職場の同僚らに祝宴を開いてもらい、多くの方からお祝いの連絡をいただいた。本当にうれしかった。

 学位取得後、研究フィールドの津軽海峡沿岸では何度もミズダコの講演会を開催した。資源減少が続くミズダコを何とかしたいという漁業者は真剣に聞いてくれた。

 大学院在学中の3年間、仕事ではかつてない大きな出来事が起きた。2010年夏、100年に一度といわれた陸奥湾の異常高水温だ。7割のホタテが斃(へい)死し、翌11年3月には、1000年に一度といわれた東日本大震災が発生した。

 その後も、クロマグロ資源管理やスルメイカ大不漁、近年の陸奥湾ホタテ大量斃死など、経験したことがないことが次々と降りかかってきた。磯焼けが進行し、サワラやブリの豊漁など海がどんどん変わってきている。漁業者の高齢化と減少は深刻だ。

 災害が起きたり、ホタテが死んだり、大型クラゲやトドが出現したり、スルメイカ、サケが不漁になったりは、何度も経験している。若い時ほど体は動かなくなったが、知識と経験はそこそこある。後輩たちの邪魔をしないよう、「出しゃばらず、聞かれたら答える」の姿勢を貫いている。

自然の摂理に従う

 大学時代の淡水生物学の講義で、教授が「自然の摂理に従うこと」と言ったことが記憶に残っている。水産業においても、環境変化に逆らわず、順応しながら対応していくことが最も近道だと考える。宮澤賢治の「よく見聞きし、分かり、そして忘れず」が座右の銘だ。

 伊能忠敬は50歳で勉学のため江戸に出て、55歳の時に日本地図を作るために蝦夷(えぞ)に向け出発した。私も、気負わず、いくらかでも社会のためになることをして、60歳代後半を過ごしていきたい。(つづく=随時掲載)

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