伊藤裕康伝
2026年7月22日
全国中央市場水産卸協会(全水卸、現・全国水産卸協会)の「卸売市場のあり方研究会(あり方研)」(髙木勇樹座長)は、最低でも月1回という頻度で開かれ、議論を深めていった。前半戦は研究会を構成する委員か…
2026年7月15日
裕康は2016年秋の勲章で「水産物流通業振興功労」で旭日中綬章、昔でいう「勲三等」を贈られている。父・春次が「勲四等」と、等級的に1つ下なこともあり、日刊水産経済新聞の17年1月31日付の受章記念…
2026年6月23日
(株)ホウスイ誕生の経緯が複雑だったことから、親会社の中央魚類(株)が当時の東証二部上場で、子会社のホウスイが東証一部上場という、ややいびつともいえる関係性での船出(株式公開買い付け〈TOB〉によ…
2026年6月5日
裕康に請われた乃美昭俊は、中央魚類(株)顧問を挟み2000年2月に中央冷凍(株)へ入社した。社長室長から常務、専務と昇格していく中、各地の拠点の超低温への改造や東京・豊海にあった徳水冷蔵(株)の冷…
2026年5月26日
中央魚類(株)グループのうち、かつて冷蔵庫業を営んだ中央冷凍(株)に遡(さかのぼ)る(株)ホウスイは、今でこそ揺るぎない事業基盤をもっている。東京・豊洲市場7街区に収容能力2万トンを超す営業冷蔵庫…
2026年5月13日
社長の裕康ら「中央魚類の第二世代」が船出した時、築地市場の卸7社で中央魚類(株)が売上高でトップだったものの、不動というほどほかの社と差は開いていなかった。 就任後、間もなくは経営問題よりむしろ、…
2026年5月1日
船凍部の出身で市場の外で仕事をする時間が長かった裕康は後年、「勢いのあった昭和40~50年代当時の築地市場の中の様子をあまり知らない」と正直に話している。それでも常務取締役に昇格後は大物部や塩干部…
2026年4月21日
北商事件の後始末中の1981年に中央魚類(株)の船凍部部長に就任して営業の最前線で活躍していた頃の裕康は、積み重ねてきた実績から出世競争でトップを意識するところにいた。 父・春次は日本冷蔵(現ニチ…
2026年4月17日
裕康は1972年に自身最初の管理職である船凍部船凍1課長になったあと、76年に船凍部次長、77年に船凍部副部長、翌81年に船凍部部長と、中央魚類(株)の順調な成長と歩調を合わせるように昇進の階段を…
2026年4月8日
平社員-部課長時代の裕康にとって、数ある冷凍商材の中で最もなじみが深かったのが、カズノコの原料となる抱卵ニシンだ。 抱卵ニシンとの関わりの出発点は、「ヤマニブランド」としてカズノコ業界で不動の地位…
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