【全文掲載】<青年部ルポ>福岡・豊前海北部漁協恒見支所青壮年部/“偶然”逃さず食害を防止

2023年3月2日

恒見支所青壮年部の江口部長㊧と清水氏

  「海が変わった」と感じない漁業者はいるのだろうか。そう考えたくなるほど、全国でこの問題を頻繁に耳にする。「当たり前に獲れていた魚が消えた」「磯根生物や養殖物の育ちが悪い」「急増した魚介類が資源を荒らす」―などの理由で、生産力が減っていると話す。北九州市の豊前海北部漁協恒見支所も、主力のカキ養殖で同様の課題を抱えていたが、優れた観察力と組織力で事態を打開している。

成果共有し生産力安定

 瀬戸内海西部に位置する恒見支所は、遠浅で静穏な豊前海の特徴を生かし、1983年からカキ養殖を始めた。イカダから水揚げしたカキは、丁寧に洗浄してから再び沖でかご吊(づ)りをしている。殻に付き、カキと餌が競合するカイメンやシロボヤを除去することで、手間はかかるが身入りは格段によくなる。当地ならではの作業だ。

手間暇かけて身入りを上げた「豊前海一粒かき」

 養殖を開始した当時から殻付きの出荷にいち早く取り組み、98年には地区内のカキ養殖業者で「カキ養殖研究会」を発足。出荷要領を作成して、ブランド名も「豊前海一粒かき」に統一した。
 カキの生産量は福岡県内最大で、全国区の知名度を誇り、若い従事者も多い。だが、10年ほど前から春になると、コレクター(採苗盤)に付着したカキ稚貝の斃(へい)死が目立つようになった。よく見るとカキの上殻と中身がない。青壮年部の江口一弘部長と清水利彦氏によると、豊前海南部から同様の情報が伝わっていたが、原因までは分かっていなかった。

 年間を通して被害があるわけでなく、徐々に事態が悪化していったことも、対応が遅れた理由だ。気が付けば「コレクターの稚貝が一つもなくなり、元のホタテ殻(基盤)に戻った盤もあった」と、当時を振り返る。
 原因を探る中で、海の透明度が高い春に漁場周辺を泳ぐクロダイの姿を確認した。「(イカダに付く)イ貝も食べる。もしかして」と考え、県水産海洋技術センター豊前海研究所の協力で水中カメラを用い、垂下中のカキの様子を確認した。すると、無防備に露出したカキ稚貝を器用にかじって食べる、クロダイとイシダイの姿が映っていた。
 さらにイカダ付近で獲ったイシダイとクロダイの胃内容物を確認すると、どちらからもカキが出てきた。ただし、イシダイが1割程度だったのに対し、クロダイは多くの個体で4割を超え、8割以上の個体もある。尾数もイシダイより多く、主要因はクロダイによる食害だと確信した。

被害はいつ誰の仕業か、どうやってカキ守る?

確立した「重ね垂下」

 だが、クロダイは漁船漁業の漁獲対象魚であり、専業とする漁業者もいる。カキ養殖業者の都合で駆除はできない。対策としてイカダ全体を網で囲い、魚を近づけない方法を考えたが、潮流の速い漁場では網がカキに引っ掛かるうえ、網の付着物が潮通しを悪くし、カキの生育に悪影響を与える。垂下ロープごとネットかごに入れると食害は防げても、再び吊り下げ直す作業が大変だった。
 頭を悩ませている時、カキを挟んだロープを束ねて垂下していたものに限り、食害が少なかった。採苗盤を挟んだロープは数は多く、持ちやすくするため陸で束ねてから船で運ぶ。どうやら、解き忘れたまま海中へ吊るしてしまったようだ。
 偶然とはいえこのロープに吊るされた採苗盤は、外側に露出したカキこそ食害を受けたものの、隠れている内側は被害を受けずに成長していた。「そういえば波で採苗盤同士が絡まってしまったものも、生残率が高かった。ここに解決策があるのでは」と考えたという。

 しかし、束ねて垂下することで過密になり、カキの成長が悪くなっては元も子もない。成長差を比較してみたところ、予想に反して通常垂下区よりも束ね垂下区の方が成長は早かった。
 束ねた状態だと潮流や波浪を受けても、水中で安定しやすい。「アサリを突つくと水管が縮まるように、カキも強い揺れ振動で口を閉じる」という。プランクトンが豊富な豊前海では稚貝の時に過密でも餌料不足は起こらず、常に口を開けることで通常垂下区よりも成長がよいと推測された。

手間と経費を抑えて収穫量は1.5倍に増加

 こうした成果は支所内で共有され、導入事業者を増やした。江口部長によると、普及を促した旗振り役がいたわけではないという。「シケの日でも作業場には人が集まる。その中で情報交換をするうちに広まった」そうだ。最初から全員が試したわけではないが、やってみた人から明らかな結果が表れてきた。「ならばウチでも」といった具合に横展開された。
 垂下ロープを束ねる作業も、当初は細ひもを使っていたが、やがてケーブルなどを束ねる結束バンドにたどり着いた。取り付け作業が簡単で丈夫かつ安価なためだ。食害が収束する7~8月には、バンドを切断するだけで垂下ロープの束ねが解放できる。
 これも「こうしてみた」「なるほどね」と広まった。「昔からこんな感じ。いいものは教える。隠すような話ではないからね」と清水氏は事もなげな様子で語った。
 ある程度成長すると、カキの殻同士が癒着してしまう。研究所とともに何センチで束ねを解放するのがよいかを探り、「殻高40~50ミリ」という目安を見つけた。
 通常作業と比較して経費も手間もかからずに、クロダイの食害を防止する。実用的な「束ね垂下」を完成させた。この結果、通常の垂下に比べ食害防止率93%という高い効果を発揮した。イカダ一台当たりの収穫量は約1・5倍へ伸長。利益に換算すると234万円の増加と試算された。
 「束ね垂下」は春先の食害に対する有効な防止対策として、現在は恒見支所だけでなく豊前海全域へと普及しており、「豊前海一粒かき」の安定生産に寄与している。

課題解決の経験を糧に育て高めるブランド力

 問題に向き合って同業者同士で話し合い、試行錯誤を重ねて解決した経験は、東日本大震災発生後に宮城県産カキ種苗の供給が不安定になった時、自前で天然採苗する技術の開発にも役立った。潮流の速い漁場では種を付けづらいが、研究所の調査結果を共有し、浮遊幼生が多いタイミングを見計らって採苗盤を入れることで解決。さらに技術を向上させている。
 束ね垂下を確立した現在も、より効率的でクロダイの被害が少ない生産方法を実験するなど、研究に余念がない。身入りが最もよい春先のカキを真空冷凍やオイル漬けで、夏にも食べられる加工品づくりにも精を出す。
 今後の目標を聞くと、江口部長の「日本一うまいカキの生産」の回答に、間髪入れず「じゃあ俺は世界一だな」と清水氏。気心知れた関係性が当地の強みだと実感した。