【全文掲載】<女性部ルポ>茨城・JF那珂湊漁協女性部/届け!那珂湊のおいしい魚

2023年3月2日

那珂湊漁協女性部。後列右端が根本部長

 茨城・ひたちなか市は2016年に「ひたちなか市魚食の普及推進に関する条例」を施行した。産業振興と市民の健康を目的に、魚を食べて知る機会を行政が支援している。条例が制定された背景には、JF那珂湊漁協女性部(根本経子部長)の「ひたちなか市那珂湊地区のおいしい魚を、たくさんの人に届けたい」という強い思いも、原動力になっている。

「魚食」で地域振興を

 那珂湊漁協女性部は地元の魚を使った給食用食材の提供やイベント出店、料理教室への講師派遣などを行ってきた。これら魚食普及活動は、00年に市内国営ひたち海浜公園で始まった国内最大の野外音楽イベント「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」への出店がきっかけになった。
 19年までの20年間に累計約360万人を動員したこの催しには、市の依頼で参加した。その際、地元商工会議所などから「那珂湊の食材をPRしない手はない」とのリクエストを受け、タコ飯とサンマのツミレ汁を提供した。すると、長い行列ができ、目の前でおいしそうに食べてくれていた。「若い人たちがあんなに喜んでくれると、うれしくて夢中になってしまった」と、根本部長は当時を振り返る。

加工直売所「魚食楽」の外装

 ここで知り合った人たちから「うちの祭りにも来てほしい」「子供たちにも食べさせたいから」との依頼を受け、さまざまなイベントへ大鍋を持って出掛けるようになった。一方で、若者を中心とした魚離れが深刻になると「私たちも地域に貢献できないか」と考え、地元を中心に活動の幅を広げていくことにした。
 だが、11年の東日本大震災で、漁協内の活動拠点が被災した。国の復興事業を活用して14年に整備した新たな施設「魚食楽(さくら)」は加工だけでなく、観光地として休日には多くの人で賑わう立地を生かそうと、商品の販売と飲食のスペースも設けた。
 ここで開発したのが、底びき網漁船で獲れても未利用だったアカエイを使う「にこちゃんフライ」だ。淡泊な白身魚でコラーゲンなども多く含み、細かい骨もない。鮮度がよければクセがなく、漁業者には船上でヒレを切り取り、氷冷にして持ち帰ってもらっている。
 商品名は裏返したエイの腹側がニコッと笑っているように見えるさまから付け、フライやナゲットで販売している。ほぼ値が付かなかった魚だが、キロ200円の浜値まで上げることができた。

市の条例が追い風に、食べて知る機会増す

学校給食に登場した「にこちゃんフライ」

 16年に施行された「ひたちなか市魚食の普及推進に関する条例」は、商工会や飲食店、女性部など、市内40団体が賛同する「タコ日本一・魚のおいしいまちひたちなか推進協議会」の活動がきっかけとなった。シンポジウムでの講演や、震災後の風評被害払拭(しょく)にも市民と一体になって取り組み、さらに女性部の魚食普及活動も市が認めて制定に至った。
 条例には地域の水産振興と水産物の消費拡大などによる観光振興や、地域経済の活性化、魚食の普及を通じた日本の伝統的食文化への理解と促進、市民の健康づくりなどを目的に掲げる。毎年8月8日を8本足にちなんで「タコの日」、10月10日は語呂合わせで「とと(魚)の日」、毎月10日を魚食普及推進日と定めている。
 根本部長によると条例ができたことで、市民の「地元の魚を子供たちに食べさせたい」という機運が高まった。10月10日前後の学校給食には、約30ある市内の全小・中学校で「にこちゃんフライ」が登場する。昨年で4回目だ。魚独特のクセと骨がなく、鶏肉よりもしっとりとした食感で子供たちの人気メニューに定着している。
 市の協力で作成したロゴマークやポスターも、商品の認知度を高めた。

市内全校の学校給食へ年間で約5万食を提供

ひたちなか市魚食条例PRチラシ

 ただ、活動の継続には部員の高齢化が課題だ。70歳代の部員が中心であり、長時間の立ち仕事や遠方へ出ることが現実的でない。コロナ禍で人の動きも少なくなったことで、「魚食楽」の飲食・販売日は週末の土、日曜日だけに抑えて、給食などの加工に集中している。
 「女性部も変わらないと」と根本部長は話すが、日当が出るとはいえ定時間働くわけではない加工品作りは「年金をもらえる前の年齢の人には参加しづらい」と、漏らす。ただし、部員の若返りは全国の女性部で共通する悩みだ。昨年は加工場にフィレーマシンも導入している。作業効率化とともに、「魚を捌けない人が女性部に入っても大丈夫」との思いも込める。
 3年ほど前に、家業の底びき網漁業を継ぐ息子2人のお嫁さんを女性部に招いた。料理教室は若い世代を中心に「家事や育児の悩みを共有できる同世代の交流の場をつくってほしい」と考えたが、実際は子育て世代に本腰を入れてもらうことが難しい。今は時間がある時に顔を出して、「こんなことをしている」と思ってもらいながら、つながりをもち続けることを念頭に置いているそうだ。
 一方で、現役は引退したが、まだまだ元気な人の参加も募っている。魚食楽という施設に来れば、昔話をする相手も、いろいろな魚もある。「年をとって体を動かさないと気もふさがる。そういった役割も、ここでは担っている」と、活動の継続性を展望している。