【全文掲載】長崎・壱岐ルポ/漁場を占拠する巨大貨物船

2022年11月4日

 長崎県の壱岐と対馬の間にはイカやマグロの漁場として知られた七里ケ曽根が横たわる。しかし、過去数年、この水域に多数の国際貨物船が停泊するようになり、船が下ろすいかりや音、振動を嫌って魚が寄り付かなくなった、と地元の漁業者は憤慨している。国に対策を要望したが、外国船も自由に航行できる国際海峡(特定海域)になっているため水産庁や海上保安庁であっても外国船を規制できない状態が続く。

 10月中旬のある日、長崎・壱岐市のJF勝本町漁協(大久保照享組合長)の漁業監視船・勝漁丸が正午前に勝本漁港を出て、対馬との間に広がる天然の岩礁、マグロの漁場としても知られる七里ケ曽根に向かった。高さ2?ほどの波を乗り越えて走ることおよそ1時間、外国籍の巨大な貨物船が姿を現した。

 貨物船はいかりを下ろしていないようで、潮に流され、ゆっくりと北東方向へと移動している。監視船は減速しながら貨物船に近づいていく。船籍はパナマだ。

 「船の長さはどのくらい?」

 記者が問う。すると、冨士永清船長は実物とレーダー画像を見比べながら「ざっと200?くらいかな」とその大きさを測ってくれた。

 監視船はその貨物船の様子を船尾から時計回りにゆっくり航行しながらカメラで撮影していく。記者は気付かなかったが、船長によると、貨物船のデッキから釣り糸を垂れる乗組員もいたようだ。長期間停泊している貨物船の乗組員が、暇つぶしなのか、食料確保のためなのか、釣りに興じる光景は決して珍しくないといい、これがますます地元漁業者の神経を逆なでする結果となる。

 自前の監視船をもっている漁協は珍しい。勝漁丸は密漁など違反操業の監視のほか、故障して立ち往生する地元漁船の救出にもあたる。船長ら乗組員は問題が発生すれば昼夜を問わずいつでも監視船に乗り込み、沖に向かう。

 この数年、監視報告書に七里ケ曽根周辺で停泊・錨泊している貨物船の状況を書き込むことが日課のようになっている。

 ■4月には100隻確認、消えたマグロの影

 例えば今年4月24日の監視報告書には、パナマ船籍のLNGタンカーとシンガポール船籍のバラ積み貨物船の2隻の停泊を確認したことが書かれ、船を撮影した写真や航跡を記録した図も添付されている。いずれの船も夜間はイカ釣り漁船の光もかすむほど船体をこうこうと輝かせていた。

 勝漁丸が4月からのおよそ1か月の間に対馬と壱岐の間の特定海域(対馬海峡東水道)で確認した外国船はおよそ100隻に上る。何か月も居座る事例もあるという。魚を追う漁船と停泊中の貨物船の衝突事故も起きている。

 10年ほど前は年間5億?6億円あった勝本町漁協のマグロ水揚げは貨物船が停泊するようになった5年前から激減。2020年度、21年度は1000万円台になってしまった。

 勝本町漁協の大久保組合長は「マグロは消えたのも同然。貨物船の音やいかりを嫌って魚が寄り付かなくなった。漁業者にとっては死活問題だ」と考え、今年6月、壱岐市漁協組合長会を率いて、漁業者代表、長崎県幹部らとともに内閣府や水産庁に大型貨物船停泊問題への対策を要望して歩いた。

 しかし、対馬と壱岐の間の対馬海峡東水道は、通常なら12カイリまで認められる領海が日本の領海法で3カイリまでの特定海域に設定されていて、領海外の東水道を外国船は自由に航行できる。宗谷海峡、津軽海峡、大隅海峡、韓国との間の対馬海峡西水道と同じく米国の核搭載艦船を通過させるための措置だったとされている。

 壱岐・対馬間の七里ケ曽根周辺は国際海峡の中でも水深が浅く、錨泊に向いているようだ。新型コロナウイルスの流行で国際貨物輸送が混乱したことも貨物船の長期停泊問題を一層深刻なものにした。

 海上保安庁は停泊中の貨物船に対し、漁船の操業の邪魔にならないよう呼び掛けることはできるが、現行の領海法では移動を命令することまではできない。それでも内閣府、水産庁と長崎県の漁業関係者との話し合いでは、地元漁船の操業の妨げにならないよう停泊を控えるよう貨物船の船主に協力を申し入れすることを確認。所管官庁の国土交通省を通じて日本船主協会への働き掛けを始めた。効果が出るまでただひたすらに働き掛けを続ける。

(経済ジャーナリスト 樫原弘志) [....]