進行役の涙

2018年6月21日

 6月2日に開催された漁業経済学会のシンポジウムに出席してきた。テーマが「沿岸漁場の企業的利用と漁業権制度」で、水産庁の水産政策改革(案)が公表されたばかりであったため、会場には多くの参加者が詰め掛け、活発な質疑応答が行われた。

 会議の座長の一人として進行役を務められたのが農林中金総合研究所の田口さつきさん。田口さんは現場で若い漁師から「漁業権の歴史を知りたい」と言われたのがきっかけで、それ以来、その分野に関する論文を多数発表されている。会場での発言の中で私の心にいちばん響いたのは、この田口さんのコメントだった。

 「明治漁業法は成立まで8年かかった。それは政府の役人が現場に出掛け、現場の知恵がたくさん詰まった法律に仕上げたから。戦後の漁業法においても、政府はGHQとの厳しい折衝を重ねながらも第4次法案まで粘った。それをこんなに乱暴に壊していいものか。今何が起ころうとしているか、組合長だけでなく、青年部、女性部にも伝えてほしい」と最後は涙声になりながら訴えられた。

 私は、その姿を見て改めて事態の深刻さを感じた。漁業現場にひと言の相談も説明もせず、密室の中で法案化を急ぐ政府役人に読んでもらいたいものがある。それは現在と非常に似た状況下にあった戦後漁業法改正時の役人の思いである。

 「問題となった漁業権の自由処分と更新制度は、我々の考えでは今次大改正を必要とするに至る程日本の沿岸漁業を混乱せしめ、総合調整を不可能ならしめた最大の原因である。これは我々水産局官吏のみの考え方ではなく、大多数の働く漁民の世論である。我々としては漁民の世論を避けて秘密裡にかかる立法を行う苦悩と責任に堪えかねる。我々としては、最小限度本案を議会提出前に公表し漁民の一人ひとりが十分にこれを検討しこれに対する自由な意見を発表する機会を与えられんことを切望する」(漁業基本対策史料から)。