[4]サンマの丸干し

2013年3月6日

 ロシア語でサンマを「サイラ」という。それが紀州でサンマを「サイラ」と呼ぶ日本語由来であったことは、恥ずかしながらモスクワ勤務から帰国後に知った。甫母では「サイレ」と少し呼び方が違うが、遠く離れた過去の勤務地と今の熊野とが「サイラ」でつながり、少し因縁めいたものを感じた。

 12月の熊野の沖はサンマ漁が始まり、ご当地名物「サンマの丸干し」のシーズン到来。熊野のサンマは脂肪が抜け落ちている。北のサンマでは丸干しはできない。焼いているうちに腹の部分が破れ、内臓がこげ出てしまう。1度、地元のサンマをあえて刺身で食べたが、全くおいしくない。しかし、それを酢で〆るとうま味が出てくる。名物の姿寿司も脂がないゆえの美味という。丸干しをサンマの開きの干物と比較すると、ほどよい内臓の苦みがあり、大人向きか。サンマの本場・宮城県の漁業者にも丸干しファンがいるそうで、似て非なるものと考えてよい。脂があればあったなり、なければないで、おいしい食べ方を生み出した昔の人は偉い。

 ある日、漁協がトラックでサンマを売りに来た。漁師町で魚を買う人がいるのかと思っていたら、一輪車にクーラーボックスを積んで皆さん集まり始めた。なんと20、30?は当たり前、50?買う人も。そんな中で私は、今晩のおかずにと、100円玉とビニール袋を持って5尾ほど買って、漁協の職員を困惑させ、片岡さんには「甫母で前代未聞」と恥ずかしがられた。その後、町中に天日干しのサンマがぶら下がり、一気にサンマの町に。時々「コラー」とサンマにぶら下がった野良猫を追っ払う声が聞こえる。これも歳末の風物詩。丸干しは、親戚や知人への贈り物として欠かせない。

 手作りには「おいしさ」を超えた「こころ」がある。神戸の「クギ煮」のように、一般の主婦がご当地の旬の魚を、伝統の調理方法に家庭ごとのアレンジを加え、贈る。年に1度でもよい。こんな風習が全国各地に広がれば、漁業者が喜ぶだけでなく、皆がこころ豊かになるだろう。