机下の空論

2013年4月23日

 甫母に来て最初の手伝いは、小型定置(つぼ網)から始まった。その時の印象は、漁労作業とはロープを「結び・ほどく」に尽きる、であった。小型でも、週に1度の網替えで約70か所、日々の揚網でも20か所以上で結び・ほどくを繰り返す。素人結びでもロープは結べるが、それでは強い力が加わるとほどけなくなり、包丁で切らざるを得なくなる。結び方のポイントは結ぶスピードとほどきやすさである。

 私はまず基本中の基本、船を岸壁の鉄の輪につなぐ「舫結び」から覚えることにした。お手本を見せてもらったが、目にもとまらぬ早さで一瞬で結ばれる。何度やってもらっても、目がついていけない。手品師の技を見ているようだ。コツを聞くと「流れるように」で、これでは初心者にはコツにならない。そこで、机の脚を相手に、練習用のロープがボロボロになるくらいまで繰り返し、目をつぶっても結べるようになった。

 いよいよ実践となったら、どうしたことかうまくいかない。片岡さんと奥さんはハラハラしながら私の手元を見ている。もたもたしていると船が離れ始めた。これはまずいと、エイヤーと結んだ。チェックしてもらうと「舫結びではない」。3回に1度、成功するかどうかが続くうちに、奥さんから「もうそろそろでは」と言われ、舫結びは縄文人もできていたことを知らされ、ますます自信喪失に。漁師でなく役人でよかったと、密かに思い始めたその頃である、片岡さんの甥御さんから、机の脚に手前からロープを回し練習しても、実際は海の方からロープがくる「向きが違う」とひと言。これで開眼した。

 自分を中心にやりやすいようにやり、ロープの身になっていなかった。実践ではスピードが要求されるし、ロープの太さや結ぶ場所の形状がそれぞれ違う。あの練習は「机下の空論」であった。分かれば簡単なことであるが、行政官の頃にも、役所の視点から漁業現場に対応するという同じようなことをやっていたのかも知れない。あのアドバイスはまことに含蓄があった。