貧酸素水塊の怖さ

2016年8月25日

 いつもと何か様子が違う。普段の刺網漁業者は、船のイケスから魚種ごとサイズごとに少しずつ分けて活魚を揚げるのに、大きなたも網で、あわてて市場の水槽に運び込んでいる。それもいつもより魚の量が圧倒的に多い。いったい何があったのか。

 それは貧酸素水塊から逃げてきた魚が、まとめて刺網にかかり、その状況下でついに貧酸素水塊に追いつかれ、瀕死の状態で揚がってきたから。こうなると、間もなくすべて死ぬので野〆となり値段が格段に下がる。

 また、タコ壺漁業者が一晩海のイケスで生かしておき、翌日朝に市場に揚げようとしたらすべて死んでいた。海から揚げた時には元気にみえたが、すでに貧酸素水塊にやられていた。死んだタコには値段が付かない。貧酸素水塊のことは知識として知ってはいたが、目の前で魚が死んでいく現実を見て、その怖さを実感した。

 貧酸素水塊は、人口密集地や経済活動が活発な都市近郊の沿岸部に集中して見られる現象。伊勢湾では昭和48年に初めて確認され、海底に2メートルを超すヘドロがたまっていたという。それ以降も悪化する一方で、伊勢湾奥の組合長の話では、夏場には海に魚がいなくなるとのこと。経済活動が原因といえば藻場の喪失も同じ。瀬戸内海では7割ものアマモ場が減少した。

 今さらではあるが、水質悪化や藻場消滅だけでもどのくらいの資源が減っただろうか。ところが、資源減少は漁業者の先獲り競争が原因という嘘(うそ)で、その最大の原因者である経済界の責任転嫁のお先棒を担ぐ者がいる。役所もTAC魚種を増やすより、経済活動で何百万㌧の魚が毎年減少しているのかを公表する方が先。

 漁業は本当に陸上産業の犠牲になってきた。戦後一貫して水揚金額が増加していた時でさえも、漁業者は都市部の労働力に供出され減少し続けた。次は、その工場の輸出見返りとしての輸入水産物増加による魚価安。海は汚され、漁場はつぶされ、人は減らされ、魚は安くされ、嘘までついて批判され、まったく踏んだり蹴ったり。