船釣り客が釣った魚を魚市場が買い取ってクーポンを渡し、街中で観光や買い物してもらおうというユニークな取り組みが、日本を代表する観光地の熱海で行われている。名付けて「ツッテ熱海」。主に釣りの初心者を釣りと魚の魅力に引き込んで熱海の常連客に育てると同時に、魚市場側は地魚の集荷強化が図れる。双方に「ウィンウィン」で、街の活性化にもなるとして注目を浴びている。企画の仕掛け人に話を聞いた。
9日午後1時、市街にある(株)熱海魚市場のセリ場に車が滑り込んでくる。降り立ったのは東京・横浜などから熱海を訪れた男女5人の釣り客だ。早速クーラーボックスから船上で氷〆したイサキ9尾の入ったビニール袋2袋を取り出し、連絡を受けて待機していた同社の宇田勝社長らに渡す。
イサキ9尾を網かごに移し替え計量へ。女性の一人が「いい感じですか?」とたずねる。宇田社長は慣れた手つきで作業を進めながら「型はいいけど、旬の時期じゃないので今はちょっと安くなるね」と応じる。計量器の画面が示した重量は2・4キロ。「今はキロ700円なので1540円。おまけして10円以下は切り上げでいい」と査定。クーポン1600円分を差し出す。
「ツッテ熱海」の提携店は飲食・物販などの市内の20店舗。クーポンに印字された二次元コードで加盟店一覧が見られることを宇田社長から教えてもらうと、どう使おうかを楽しそうに話しながら車に乗り込み、熱海の街へ消えた。
「ツッテ熱海」のアイデアは、初心者向けに釣りを通した地域の魅力を伝えるメディア「ツッテ」を手掛ける、釣りアンバサダー(大使)兼ツッテ編集長の中川めぐみさんが、プライベートで熱海に来て大量に魚を釣りすぎてしまったことに始まる。持ち帰るには多すぎ、困り果てた中川さんは熱海魚市場の宇田社長に相談。すると「釣った魚を買い取ってもらえ、手にしたお金で熱海の街中で楽しく飲み食いできた」(中川さん)。そんな実体験を企画化した。
宇田社長は「セミプロ級の釣り客になれば慣れたもので、熱海近辺や伊豆で釣りした帰り、熱海の温泉宿に立ち寄るついでに当社に持ち込んで引き取りを頼んでくる。旬の時期になれば最大7万?8万円も稼ぐような猛者もいる。ただ、初心者やそれに近い方はそうした仕組みも分からない」。
売り物にするのなら、釣ったあとの処理も大切。中川さんと宇田社長らは、初心者向けに道具レンタルなどをしていて、船上での魚の氷〆や血抜きにも協力的な釣り船2隻の協力を取り付けた。買い取り額に応じて発行するクーポンの利用を受け入れてくれる市内の飲食・物販店と話を付けて、企画の枠組みをつくった。
昨年9月の開始から半年で、「ツッテ熱海」の累計利用者数は3ケタ前半にまで伸びている。熱海魚市場では毎朝午前7時30分にセリがあるが、地魚が中心で年間2億円規模の小規模な民営市場を運営する同社にとって、釣り客が持ち込む魚は日々の集荷の少なくない割合を占めている。
宇田社長は「釣り船の利用料分が丸ごとタダになったと喜んでくれた人もいたし、一度利用して楽しかったので仲間と来たというリピーターの方もいた。今後は提携する釣り船を今より増やしたい」と意気込む。強みである地魚の調達元を確保する意味でも「ツッテ熱海」の今後の成長に期待している。
一方、メディアの最終目的に地域活性化を掲げる中川さんは「釣りはあくまで入り口。釣りをきっかけに熱海をたくさんの人に楽しんでもらえたら」と、利用者のさらなる増加を願っている。