「ガストロ」という魚をご存じだろうか。学名の「Gasterochisma melampus」に名が由来するそうだが、その容姿と合わせ、一度見聞きしたら忘れられない強烈な印象を与える。「白身魚」とひとくくりに流通されることが多く、意識せずに食べていたかもしれない魚だが、本名の「ガストロ」で日の目をみる機会が増えてきた。
とある業界最大手の量販店で、「ガストロ西京漬け」が売られていた。テスト販売のようだが、表示が厳しくなったとはいえ、あくまで加工品。「白身魚」と記さず、あえて聞きなじみのない「ガストロ」の名で販売したのはなぜだろう。
そもそもガストロとはどんな魚か。生息域を共有するミナミマグロの副産物として揚がり、チョウのように大きな腹ビレから「Butterfly Tuna」の英名をもつ。ただしマグロではない。サバ科の中でも一属一種の生物だ。クロマグロやサバなどと異なり、ガストロは大きなウロコが全身をびっしり覆うため、国内では「ウロコマグロ」の名で通る。つぶらな瞳も併せ、とにかく語りどころが多い。
切身や加工原料として一定の価値はあるが、扱いは今も「雑物」であり、高値で取引される魚ではない。陸揚げ地の加工業を経て、無名の「魚フライ」で食されるのが一般的なようだ。
下段「流せ!魚屋ソング」を連載する森田釣竿さんは、気仙沼の遠洋マグロはえ縄船船主・臼福本店の臼井壯太朗社長と対談したことをきっかけに、同社船が漁獲したガストロを入手。森田氏が店を構える浦安魚市場・泉銀で販売を試みた。
天然ミナミマグロの名店だけに知識はあった。「同じ海域で獲れるガストロにも愛がなければウソだ。魚に貴賎(せん)なし」と話す。販売前にいくつか料理し、十分売れる魚だと実感したという。
では、どんな味か。皮下の脂はサワラに近く、身はメカジキとシイラを合わせたよう。脂が乗っているというより、コラーゲン質のようなしっとり感で、これがフライ加工に多い理由か。生食でのお勧めは漬けで、サクごと15分ほどできれいに漬かるなど、味にも多くの特徴がみられた。
特に反応がよかったのは飲食や仕出しの店だ。冷めても軟らかさを失わない。生、焼く、揚げる、煮る、蒸すという基本調理と、和・洋・中どの味付けにも合うクセのなさは、子供にも好まれたという。泉銀では保育園の給食素材に、幾度も注文を受けていた。
岩手・宮古水産高等学校は同時期、市内に本社を構える遠洋マグロはえ縄漁業社・浜田漁業部の協力により、「雑物」の加工に挑戦した。サケの中骨だけの缶詰やイサダ(ツノナシオキアミ)を9割も含むせんべいなど、固定概念にとらわれない発想で水産加工品を開発してきた同校。ガストロはフレーク状にほぐした身を、ショウガを効かせた砂糖醤油味の缶詰とし、10月の学園祭で販売した。
品書きに「ガストロ」の文字は目を引く。初見で魚の名前とは思いつかないはずだ。ついつい尋ねれば、それだけで会話が生まれる。情報収集にスマートフォンなどで検索し、目にする姿形に、好奇心をかき立てられる人も少なくないだろう。
「知らない魚」と敬遠せず、初めて知った知識を「楽しい」ととらえ、「おいしい」へと変換するのは若い人が特にうまい。そして「私だけが知っている魚」と発信する力も大きい。もちろん味が伴ってこそ成り立つ。
船にとって本命はミナミマグロだが、漁獲上限がある以上、揚がる副産物を魚倉に詰め、価値を見いだす手腕が重要な時代にある。ガストロは過去に幾度も販売戦略が練られたという。ただ前述の通り、話題に富んだガストロは、今の時代こそ脚光を浴びやすいはず。
冒頭の理由も、ここにあるのかもしれない。