2017年3月10日

福島の放射性物質モニタリングの最前線に迫る

モニタリングから得られた知見を語る根本部長

 東日本大震災から1年3か月後、対象魚種を3魚種に絞って始まった福島県沿岸の試験操業は、商業的に価値のある魚をほぼ網羅する97魚種に増えた(図1)。背景には、福島の海と魚が東京電力福島第一原子力発電所事故前に近い姿をほぼ取り戻したことにある。JF福島漁連と福島県は、原発事故からの復興を目指し、連携しながら週200検体を6年間調べ続けてきた。現時点で海産魚の放射能に関する知見では“世界一”のデータを蓄積しているであろう福島県水産試験場。そこで調査・研究の指揮を執っている根本芳春漁場環境部長に聞いた。

魚の世代交代で高まる安全 不検出の割合は95%に

(図1)試験操業の対象種

(図1)試験操業の対象種

◆海産魚に対する放射性物質のモニタリングの近況はいかがですか。

根本部長/第一原発から10キロ圏の試験操業を行わない海域も含めて、放射性セシウムの食品の安全基準である1キロ当たり100ベクレルを超過する魚は丸2年間ない。特に平成28年は、不検出が全体の95%を占め、検出値自体も大きく下がった(表2)

 国から出荷制限指示がなされている魚種も、ここ1年で28魚種から一気に12魚種に減った。制限が解除された魚種の中には震災前に沿岸漁業で重要とされていたものがかなり含まれていた。ヒラメ、マアナゴ、マコガレイ、イシガレイ、ババガレイなどだ。現在いずれも試験操業の対象魚種となっている。

出荷制限魚種も基準超ゼロ

放射性セシウム濃度が100ベクレル/キロの検体数・割合と不検出の検体数・割合

(表2)放射性セシウム濃度が100ベクレル/キロの検体数・割合と不検出の検体数・割合

◆ヒラメは大きな話題となりました。ただ、12魚種残っています。

根本部長/出荷制限がかかったままであるが、冒頭申し上げたように丸2年間はその12魚種含めて、基準値超えは1検体も出現してはいない。
 では、なぜ出荷制限の解除ができないかというと、かつて高い数値が検出されたのとほぼ同じ地点で採取された検体の検査が求められているためだ。
 いまだ出荷制限が解除されていない中で、水産業で重要な魚種には、メバルの仲間、稚魚を除くイカナゴ(メロウド)がある。例えばメバルは、人工魚礁には集まりやすいが、天然の磯では、同じ場所で毎回漁獲するのは難しく、調査を強化しているが、獲ることができない場所がある。

◆たまたまメバルがいた磯で当時獲った可能性があるんですね。

根本部長/実は震災のあった23年は、平年に比べ沿岸の海水温がかなり低かった。メロウドは、水温の関係でたまたま浅い場所にいたものが漁獲され、高い数値が出たケースがあるが、その後は水温の変化から浅い場所での漁獲がなく、今後も獲れる可能性が低い。

◆基準値超えがないにもかかわらず、いつまでも解除できないのは。

根本部長/水産業で重要でない種の中には、個体数が少なくめったに網に掛からない魚もいる。そうした魚も含め、生態的な特性やほかの種の傾向をみて、今後検出されないと確信がもてる材料が揃えば解除が可能となるよう、国に要望していく。

海底土と海産魚の関連なし

漁業調査指導船・いわき丸による、モニタリング検体の漁獲の模様(福島水試提供)

漁業調査指導船・いわき丸による、モニタリング検体の漁獲の模様(福島水試提供)

◆海水や海底土の状況はいかがでしょうか。

根本部長/海水については、すでに十分に低い水準まで低下している。
 海底土は毎月の定点調査に加え、測定器を海底上で引きずり、連続的に測定する調査も実施している。双方の結果を突き合わせ、妥当性の検証を図りつつデータを蓄積している。
 それによると、事故直後に海洋放出された高濃度汚染水の影響から、沿岸近くや第一原発の南側で高い数字が出ていたものの、そうした地点はどんどん数字が下がってきている。逆に、潮流で流されたりして、沖合が以前に比べるとやや高まる傾向にあり、磯と磯の間だとか、くぼみだとか、泥がたまる場所は比較的数値が検出されやすい。
 とはいえ、その数字は沿岸近くに比べてかなり低いものであるし、海底土の砂や泥に吸着した放射性セシウムは、海産魚や海産魚の餌となる底生生物などにほとんど移行しないことが分かってきている。

◆底魚や海底土の数値が高い場所の魚は検出値が高いという理解でした。

根本部長/海底土が汚染された場所にいる魚の検出値は高くなる、と考える研究者の方も以前はいたし、漁業者の方の中にも「底魚は高い」と認識する方がいまだに多い。事故直後の高濃度汚染水の影響を強く受けた場所では、魚も海底土も高い数字が出ていたというのがそう考えた理由だろう。
 しかし、海底土の数値の高低にかかわらず、すんでいる魚は同じような傾向で検出値が下がっていき、今では基準値超えがなくなって、不検出の割合も同様に高くなっている。このことからも海底土からの新たな汚染の心配はないといえる。

震災後生まれほぼ影響なし

(図3)ヒラメの年齢別放射性セシウム濃度の平均値

(図3)ヒラメの年齢別放射性セシウム濃度の平均値

◆そのほか、膨大な調査を重ねたことで分かったことはありますか。

根本部長/海産魚の体のメカニズムや飼育試験などから、生物学的な半減期はかなり早く、体内に蓄積されずに排出されるという知見があった。しかし、調査を重ねていったところ、最初の数年間では思ったような低下傾向がみられなかった。
 さまざまな解釈が試みられたが、最近は、周辺の環境から新たな汚染を受け続けているのではなく、事故直後にあった高濃度汚染水の影響を、当時から生きている魚(もっとも、これらも基準値未満になってはいる)が、ずっと引きずっていることが分かってきた。
 例えば、ヒラメを各年齢別に分解して放射性セシウム濃度の数値をみると、震災前生まれの魚と震災後生まれの数字が明らかに違う(図3)。すべての魚種でいえることだが、震災後生まれの魚はほとんど放射性物質の影響がないといっていいと思う。

(図4)第一原発からの距離による比較

(図4)第一原発からの距離による比較

◆生物学的な半減期に対する認識の食い違いはなぜ起きたのですか。

根本部長/魚の成長による希釈があまり注目されていなかったためだと思う。成長の早いマダラに着目して、放射性セシウムの低下速度を比較したところ、濃度低下の多くが体重増加による希釈で説明できた。成長が緩やかになった成魚の生物学的な半減期は、今まで考えられていたよりも長い。

◆すると魚の世代交代がカギになりますね。

根本部長/シラス、コウナゴ、イシカワシラウオなどは生まれて1年以内で漁獲するので、世代交代済みなのは明確だ。
 6年がたち、ほとんどの魚が世代交代を完了している。長生きな魚としては先ほどの話に出てきたメバル類が代表的。メバルは10?15年くらい生き、最長20年生きた個体も確認している。成長度合いも緩やかで10歳で体長30センチ前後。だからこそ、両方の要素があってメバル類は検出値が相対的に高かった。
 もちろん震災前生まれの魚も今は体内濃度が低下して、基準値超えが丸2年間ないのは、先ほどから話している通りだ。

20キロ圏含めても安全維持

◆原発から10?20キロ圏が今月、試験操業海域に加わりました。

根本部長/モニタリングは20キロ圏の中も含めて行っているので、今は20キロ圏で操業をしても問題ないと、われわれは昨年から言い続けてきた(図4)
 1年前に操業海域の変更を議論した時には、漁業者の皆さま方の中には「20キロ圏が設定されているから、その外の漁場で獲った魚を安心して買ってもらえるのでは」という反対意見が出たし、私も一理あると思う。ただ、安全か否かという話をするなら、20キロ圏で海産魚を獲ったとしても、今は安全といえる状態にある。

【試験操業の現場から】水揚げは震災前の8% 入札制度移行で活気を

相馬魚市場で行われた沖合底びき船による試験操業(2月下旬撮影)

相馬魚市場で行われた沖合底びき船による試験操業(2月下旬撮影)

 福島県沿岸における試験操業が始まり、間もなく5年になろうとしている。始まりの地である福島県北部・相双地区の相馬原釜魚市場(福島県相馬市)では2月下旬の水曜日の朝、試験操業が行われた。午前8時前後にタコかご船と刺網船が、午前11時前後に沖合底びき船がそれぞれ入港。仕分け作業が行われた。

 福島県下の沿岸漁業の水揚数量は、平成28年の実績で東日本大震災前の8%と依然として少ない。震災前、相双地区の沖合底びき船は連日のように出漁し、港と沖を往復しつつ一日10回は網を引くため、荷捌き所に魚があふれていた。

 それが今は、1回引きか2回引きがせいぜい。仲買人と受け入れ可能数量を話し合い、数量を抑えながらの操業となっている。それだけ、試験操業専門の特殊な流通体系が長引いたことが陸(おか)を疲弊させてきた。

試験操業漁獲物の仕分けは浜の女性たちの役割。現状は量が少ない

試験操業漁獲物の仕分けは浜の女性たちの役割。現状は量が少ない

 ただ、1月からは試験操業に欠かせない放射性物質のスクリーニング自主検査体制のまま、窓口を仲買組合に一本化していた状況から、仲買人ごとの販売体制に変更。3月のコウナゴ漁では、試験操業海域を20キロ圏外から10キロ圏外に広げる一方、震災前と変わらない仲買人の入札制度による販売体制に移行する。

 JF相馬双葉漁協の立谷寛治試験操業検討委員長は「沖底船による水揚げ分の販売も、4月から入札制度に移行したい」と話す。仲買人に少しでも活気づいてもらって「現在の週2日から週3日に操業回数を増やしたい」と意気込む。

厳格な出荷基準を堅持

 相双地区といわき地区で行われている試験操業は、漁協による自主検査体制と厳しい出荷方針を堅持(図5)することで、漁獲物の安全を維持している。

切身を引き出しに入れるだけで測れるCsI検査機器の最新機種Cs1000(福島水試提供)

切身を引き出しに入れるだけで測れるCsI検査機器の最新機種Cs1000(福島水試提供)

 昨年、それぞれの拠点に導入された放射性物質の検査機器の最新機種は、魚肉をミンチ状にしなければならなかった従来機種と違い、切身状で測定が可能なために非常に効率が高まった。試験操業体制の効率化を支えている。

 出荷の際は、国の基準値の半分の50ベクレルを自主基準値として設定し、間違っても基準値超えがないように万全を期している。とはいえ、ここ数年はほとんどが不検出で、県の精密検査に回す基準としている25ベクレル超えも28年度は2件のみ。それも再検査の結果は25ベクレル未満だった。

あれから6年 震災復興と防災特集(水産経済新聞17/3/10日付)

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