[6]漁師の手

2013年4月2日

 漁師は面の皮だけでなく、手の皮も厚くないと務まらない。素人が漁労作業の手伝いを始めると、まず筋肉痛は避けられないとしても、いちばん苦労するのは手のひらの荒れによる痛みではないか。
 定置網漁の時はそうでもなかったが、伊勢エビ漁が始まってからおかしくなった。手のひらが熱をもって赤く腫れ上がり、指先にうっすらと血管が浮き、皮膚の一部がひび割れ、痛みが出てきた。

 あとでその原因が、網を投網しやすいようにモッコを繰る作業中、沈子側の鉛に擦られていたためだと分かった。その後、皮の手袋をしたが、それでも1か月も経つと破れてしまう。
 ところが、漁師の皆さんは平然と素手でやっている。よく見ると、擦り切れやすい部分の皮膚が、黒くなっている。手がヤスリ状になり、何と、鉛の方が負けて擦り切れているのだ。漁師はすごい。
 次の変化は関節が太くなること。力いっぱい、網やロープを握りしめるためそうなる。結婚後に漁業を始めた片岡さんの奥さんは、指輪が入らなくなっただけでなく、指の関節が真っすぐ伸びにくくなってしまったという。漁師に嫁ぐとは、実に大変なことである。

 漁労作業を手伝うようになって、自分の体にいろいろな変化が起こり始めた。同時に、健康診断の結果も改善してきた。パソコンのキーを打ち、口を動かすだけで、頭の中がヤスリ状になっていた役人時代とはだいぶ違う。

 「キンさんギンさん」のキンさんは、何と100歳になってから筋肉トレーニングを始め、中度の認知症や車いす生活から完璧に回復したという。甫母では84歳や79歳の方も30?もある綱を運び元気に漁に出ているが、この辺に秘訣があるのかもしれない。漁業現場の厳しさをみると、労働時間の短縮や省力化は必要と思うが、一見、非効率な漁法でも、資源管理や富の公平分配のほか、体を動かすことで健康の維持に役立っている面もあると思う。何でも効率的なものがよいとは限らない。