2012年7月31日
3年前の平成21年、JF全漁連ブランドの天然石けん「わかしお」の普及推進活動の最前線として、全国で最も活動が盛んな岩手を訪ね、その様子を特集した。しかし、その1年半後に東日本大震災が発生。海とともに生きる人々の生活を一変させ、「わかしお」普及活動を取り巻く環境も激変した。あの震災から1年と4か月。「わかしお」の最前線はどうなったのか。当時の足跡をもう一度たどり、「わかしお」を通じて、海環境を守る活動を絶やさず取り組む人々の今を訪ねた。
岩手県宮古市南部の本州最東端に位置するJFおもえ重茂漁協の「22年度事業報告書」表紙には、地元・重茂の音部港を襲った大津波の第一波の写真が掲載されている。なぜ、あの忌まわしい災害の記録を、報告書の顔に 選んだのか。その理由は、鮮やかなエメラルドグリーンをした津波断面の色 にある。
重茂地区でも南部を中心に約50人が亡くなった。当時は仲間の命を奪った海の脅威を恨んだが、「今になってみると、『わかしお』を軸に取り組んできた重茂の、海環境を守る活動が津波の色にも凝縮していたのでは」と、坂菊太郎参事は振り返る。「ヘドロがたまり、汚れた海ならあのような色にならなかった」。
震災後も、重茂地区に住む約400世帯で地元で漁業を営んでいた世帯は、1世帯も土地を離れていない。それは、震災後も美しさと豊かさを保ち続けた重茂の美しい海と、坂参事を含めた漁協幹部が奔走し、資材の調達や流出した代船の調達を急ぐなどの迅速な対応があったからだ。
震災2か月後の昨年5月には、天然ワカメ漁が再開。ウニ、コンブ、アワビ、そして今年34月の養殖ワカメと、着実に以前の姿を取り戻しつつある。ウニやアワビは元の生息域から流され資源は減ったが、「海がかき回されて生育環境自体は好転した。必ず資源は回復する」と、固く信じている。その生息域を美しいまま守り続けるため、「わかしお」普及活動を漁協を挙げて継続して行うつもりだ。
ただ、最近の若い世代を中心に、「合成洗剤の生物に有害な物質を取り除くことができる浄水施設が整備されてきた今、あえて天然原料の石けんで気を使う必要があるのか」などと理由を付け、「わかしお」の使用を敬遠する人も増えた。
そうした声に?坂参事は、「仮に住人約1700人全員が『わかしお』を合成洗剤に切り替えても、確かに海に与える影響は軽微だろう」と、一理あると認めている。しかし、実際の効果を超えて「海環境保護の意識向上を、『わかしお』は促している」と指摘する。
また、合成洗剤に必ず含まれる、洗濯物の洗い上がりを白く見せる「蛍光増白剤」の危険性はあまり気付かれていない。薬事法で肌に直接触れることは禁止されているのに、合成洗剤に含むのは禁止されていないという矛盾した存在。浄水施設を通しても、ほとんど浄化されない、厄介な成分だ。
?坂参事は「小さな子供を守ろうとする母親たちが、知らず知らず蛍光増白剤が付着した衣服を着せて、子 供を危険にさらしている。そうした面も周知し、『わかしお』普及を促していきたい」と話す。
美しく豊かな海を守る者の証(あかし)としての天然石けん「わかしお」は、震災後の今も変わらず、重茂の営みを支えていた。
東日本大震災で壊滅的な被害を受けて取扱高が半減しながらも、昨年度も「わかしお」の販売実績で全国1位だった、岩手県漁協女性部連絡協議会。幾多の困難を乗り越え、普及活動の立て直しにどのように取り組んできたのか。また、将来を見据えてどのように「わかしお」の今をとらえているのか。盛合敏子会長に、地元の重茂の状況を中心に聞いた。
◆会長の地元である重茂の、当時から現在について教えてください。
盛合会長/重茂を襲った大津波も、多数の尊い人命を奪い、数々の悲劇を巻き起こしましたが、その重茂の津波がただ一つだけ、他地域と違う点がありました。それは色です。黒い壁のように見えた津波の画像や映像がほとんどの中で、私たちが目にした大津波の第一波は、何と「真っ青」な色でした。
もちろん、引き波以降の海は濁ってしまいましたが、前浜が透明度を取り戻したのもかなり早く、震災後3か月後の天然ワカメ漁のシーズンには、すでに底まで見えていました。漁業再開までの期間は、他地域に比べ非常に早いものでした。
津波の色や、漁の再開が早かったのは、私たちが熱心に取り組んできた環境保護の活動が正しかったことが、くしくも証明されたエピソードではなかったかと思います。
◆震災前後で普及活動に変化はありますか。
盛合会長/地元の重茂は、漁業に100%依存した地区です。だから私たちが漁業に寄与するような活動に参加することが、いかに重要かは全員が分かっています。その中で、「わかしお」石けん普及は、私たちがすぐ参加できる最も身近な取り組みなのです。
3年前と同じく、わかしお一式を各家庭に設置して、不足分を随時補充する「富山の薬売り」方式や、冠婚葬祭のお返しでの「わかしお」製品の活用を一層推奨して、普及に努めたいと思います。
◆岩手県全体の活動状況はどうでしょうか。
盛合会長/在庫した支所が被災したために、各地で在庫不足に苦しみました。当初はどこから調達すればよいのか途方にくれたこともありましたが、現在では何とか代わりの保管場所を確保することができています。
仮設住宅暮らしの中、海環境に悪いと分かっていながらも、市販の洗剤に切り替えた人々も少なからずいたようです。ただそちらは、各地の先輩女性部員さんの努力で、徐々に戻ってきていただいていると聞いています。
◆再度、普及推進するうえで、今後最も重要と考える点は何でしょう。
盛合会長/若手の皆さんの使用率を改善することではないでしょうか。「わかしお」のパッケージは、旧来のデザインのまま、 大きく変わっていません。若い世代が選ぶ際に重要視する、見た目のおしゃれさ、濡れた手での扱いやすさといった点にやや難があります。
数年に一度は、パッケージの見た目を流行りに近いものに変えていくだとか、手で持つ部分にくぼみを付けるといった、積極的な商品の改良を進めてほしいと思います。
◆「わかしお」普及活動を全国規模でみた時、盛り上がりを欠いているようにも見えます。
盛合会長/私たちの先輩が作り上げた、海環境を守る「わかしお」石けんは、販売実績が落ち込んで、ブランド存続が危ぶまれるようになって久しいです。しかし、その危機の中で毎年、女性部で販売実績の目標必達を掲げながらも、劇的な前進がない状況です。海に生かされている私たちが、海を守らずしてどうするのでしょう。わかしおの利用が、海を守るためにまずできる最初の第一歩だと思います。
また、震災以後の普及活動再開に苦心している時も、県漁連や全漁連からの積極的なサポートがなかったことも残念に思いました。女性部に一方的に任せるのではなく、もっとJFグループ一丸で「わかしお」で海環境を守るという機運を高めてほしいと思います。
一級河川の北上川上流にあたる岩手県・紫波町の中心部、JR紫波中央駅前の総合施設「オガール紫波」に今年6月、大規模産直施設「紫波マルシェ」がオープン。その中に、漁協外の販売拠点としては全国で最大級の天然石けん「わかしお」コーナーが設置された。
北上川は、サケの遡(そ)上する河川として有名で、宮城・石巻などを通って太平洋三陸沖に注ぎ込む大河だ。紫波町は、石油系洗剤などで汚染された生活排水を川に垂れ流せば、サケはもちろん、三陸沖の魚にも影響を与えかねないとの懸念から、町を挙げて水環境を守る活動に取り組んできた。
その「循環型まちづくり」をうたう町の方針のもと、平成18年から、県内のJF岩手漁連から天然石けん「わかしお」を仕入れ、役所や、小・中学校、保育施設での利活用、産直施設「紫あ波せ(しあわせ)本舗」での販売活動を行ってきた。
今回、県内の全域を商圏にもつ大規模産直施設「紫波マルシェ」は、前後して閉店した「紫あ波せ本舗」に代わって「わかしお」コーナーを引き継いだ。販売に割かれている陳列スペースは以前の2倍の広さ。品数に至っては「わかしお」シリーズのほぼ全種類が揃う。
数々の産直施設を成功へと導いてきた佐々木廣店長は、「『循環型まちづくり』の考え方は非常に共感できます。天然石けん『わかしお』を普及させ、水環境を守る取り組みのお手伝いするのは自然な流れでした」と話す。
「まず全種類を並べてみて、売れ筋の見極めが大事というのが私のモットーです」と、仕入れ戦略の狙いを説明した。
肝心の売れ行きは、隣接したコーナーのこだわり商品同様に「オープン直後は様子見のお客さまも多く、実績は施設のまとめ買いが中心でした。しかし、開店直後の勢いも落ち着き、じっくりと商品の中身の奥深さを見ていくお客さまが増えてきた今は、個人のお客さまにも着実に売れています」という。「安売り主体のスーパーで売るより、こだわり品が揃う産直施設で売った方が、こだわりを訴求した商品が5倍近く売れるという結果もあります。今後に期待してください」と話している。
強力な応援団を得た紫波町の「わかしお」が今後、さらに飛躍することは間違いなさそうだ。
JFおもえ重茂漁協のある岩手県・宮古市重茂を会場に、今から2年前に「シャボン玉フォーラムin重茂」が開かれた。同フォーラムは、全国から天然石けん運動をする団体や生産者が集い、活動報告や交流を行う年に1度のイベント。その際、記念植樹した計3000本の桜、楢(なら)、欅(けやき)といった「フォーラムの森」の木々は、東日本大震災を乗り越えてすくすくと育っている。
重茂は海からすぐに山が迫っていて、山には豊かな森林が覆い茂る土地柄。土砂流出を防ぐのと同時に、魚付きの保安林として管理する文化が根付いていて、記念植樹できるだけの広さの土地を探すのに苦労した。当たりをつけたのは、「漁協の本所から車で10分ほどの休耕地」(?坂菊太郎参事)。現在、成長の早い桜の木の何本かは、人間の背の丈ほどになった。
周囲の見事な森林に比べ、まだヒヨっ子に過ぎないが、間違いなく近い将来、天然石けん「わかしお」シリーズなどとともに、重茂の豊かな海を守る存在になるだろう。