水経セミナー

[1]熊野から鳥羽へ

2013年10月1日

 古い空き家を借りて熊野に移り住んだ時から、風呂のボイラーの調子が悪いのが気になっていたが、ついに全くお湯が出なくなった。しかし、これも過疎地に住むゆえの不便さかと、おおらかに構え、業者を呼んで修理を頼んだところ、何と、修理不能とのこと。
 耐用年数を大幅に過ぎ、故障した部品も製造されていない。新品に取り換えると相当の経費がかかり、しかも、私が出て行ったあと、だれも住む予定はないので、全くの無駄になる。

 どう考えても引っ越しが避けられない。なら、同じ村で空き家を探すより、全く別の地域での漁業も経験してみたいと思った。そこで、以前から懇意にしていただいていたJF鳥羽磯部漁協の永富洋一組合長に相談したところ、快く受け入れてくれることになった。
 約2か月間の水シャワー生活ののち、9月上旬に、もうミズには耐えられないと、「大都会」鳥羽市へと引っ越してきた。決して大げさではない。車で30分以上かかっていたコンビニが、歩いて行けるところにあると、本当にそう思うのである。

 今度、乗船させていただく浜口富太さんは、主にカキとノリの養殖をされている。ちょうどイセエビ漁が熊野より半月早く解禁されたことから、早速乗船することになった。
 慣れ親しんだはずのイセエビ漁であったが、びっくりすることばかり。刺網でイセエビを獲るのは同じでも、漁船の構造、漁場利用のルール、漁具・漁法が全然違う。カルチャーショックならぬ、イセエビ漁ショックを味わった。そのうえ、不覚にも、船上作業中に船酔いしてしまった。熊野の海ではもちろん、シー・シェパードと追い掛けっこをした、南極海の「絶叫する60度」でも全く船酔いなどしなかったのに。船の揺れ方が、今まで経験したことがなかったのが原因だったのかも。

 水産のプロであるはずの私が、そんなことも知らなかったのかといわれそうだが、同じ漁業でも、どうしてこうも地域で違うのだろうか。長い歴史を有する日本漁業ゆえの分化だろうか。初めて経験するカキやノリの養殖には、何が待ち構えているか。現場は本当に興味深いことだらけで興味津々である。