2018年3月9日

安全性の説明よりも事実の周知重視を

関谷直也(せきや・なおや)氏

関谷直也(せきや・なおや)氏

 東日本大震災発生から7年。原発事故との複合災害に遭遇した福島県の水産業の回復はいまだ道半ばだ。だが、同県沿岸で2014年から行っている試験操業は規模を徐々に拡大し、本操業へどう復帰するかの検討を望む声も聞かれ始めた。その時に間違いなく課題となるのがいわゆる“風評被害”への対応だ。同分野で先んじる農産物の動きを中心に、消費者の行動を観察してきた、社会心理学者の関谷直也東大大学院特任准教授に聞いた。

福島県産に対する消費者行動、検査の体制、結果が不安緩和

グラフ1 モニタリング検査の意味:不安が和らいだ理由

グラフ1 モニタリング検査の意味:不安が和らいだ理由

◆福島県産食品への消費者行動の推移を調査されてきて、分かったことは何ですか。

関谷准教授/近年、福島県産への消費者不安が薄らいだ理由は「検査体制が整っているか」「検査結果が問題ないか」その結果として「(問題あるものは)出荷制限がされているか」の3つでほとんど説明できるということだ。複数年、調査を繰り返して、この結論は揺らがない(グラフ1)

 確かに放射線のリスクに関する正しい知識がすべての人々に行き渡るのならば、食品の“風評被害”は解決するだろう。しかし、少なくとも過去7年間で放射性セシウムや放射性ヨウ素などの放射線のリスクに関する消費者の理解が進んだとはいえない。初めから一切耳を貸さないという人も多くいて、すべての人が許容するというまでに至っていない。

グラフ2 食材に対する「福島県産」への抵抗感(図をクリックすると大きくなります)

グラフ2 食材に対する「福島県産」への抵抗感(図をクリックすると大きくなります)

 こうした状況のもと、一般消費者にとっては、むしろ放射線量が「きちんとした体制の下で測られているか」「放射性物質がなくなってきているかどうか」ということが意味をもつようになってきており、事実(検査体制・検査結果)を消費者に伝えていくことが最も重要になっている。
 多くの消費者が求めているのは、食品添加物や農薬の問題などと同じといえる。食品の品質を保証するには、いかに安全かの科学的な詳細な説明ではなく、検査されていてその検査結果が問題ないかという品質保証が重要だ。

◆結果的に同じ結論に至るようにみえます。

関谷准教授/もちろん、科学的には同じことだ。また、安全性の面からいえば、科学者は放射線の正しい理解と、検査で問題がないことのいずれも大事であると考えている。しかし、購買する消費者の側からすると、安全性の説明より、そもそも食品の中に放射性物質が「入っていない」ことを示した方が伝わりやすい。現在は、事故直後とは大きく状況が異なる。実際に7年が経過して、現在は食品中の放射線量が低減し、検出限界値以下のものがほとんどだから、それが可能になってきた。農薬を例に取れば(正しい用法で使われているので)農薬が使用された農産物でも安全だ、ということを伝えても効果は薄い。「無農薬」「有機野菜」と説明すると消費者に好まれやすい傾向がある。

N.D.(不検出)での合意

◆地球上のどの食品にも必ず放射性物質は入っており、測定機器の感度を上げれば必ず検出されますが…。

関谷准教授/食品の国際規格を決めるコーデックス委員会の食品基準は1000ベクレル/キロだが、政府が震災直後に放射性物質の暫定規制値を500ベクレル/キロに定めた。だが、それでは消費者は納得しなかった。震災後1年の100ベクレル/キロでもやはり同じ。そこで福島県の生産者らは、内部被ばくや外部被ばくを考えた50ベクレル/キロや基準値(100ベクレル/キロ)の3分の1といった、安全側に強化したそれぞれの自主基準値で運用を進めてきた。

 そうした流れがあってようやく近年、社会的な合意が取れたのが不検出を表すN.D.。機械で検出できる限界が事実上の基準になった。カリウム施肥の有効性や土壌からの放射性物質の移行率の研究が進み、また放射性同位体の一つであるセシウム134が半減期2年を超えたことなどを踏まえて、管理された圃(ほ)場で収穫される農作物は、N.D.の食品がほとんどになったという背景も大きい。

 一般消費者の方々に科学的なことを伝えるのが難しいことははっきりしている。なので、コメでいえば年間1000万袋に及ぶ全量全袋検査をしても25ベクレル/キロ以下が99・99%であること、海産物でいえば100ベクレル/キロ超えはもちろん50ベクレル/キロ超えが緊急時モニタリング検査でほぼ出ておらず、最近はN.D.が99%であることなどを伝えるべきだ。それらは消費者に理解できるし、福島県では先行して周知が進んで、地元消費がなされるようになっている(グラフ2)

グラフ3「ほぼN.D.(不検出)であること」の認知率低下(図をクリックすると大きくなります)

グラフ3「ほぼN.D.(不検出)であること」の認知率低下(図をクリックすると大きくなります)

福島県同等の認識レベルを目標

◆ただ、県内と県外の差は大きいようです。

関谷准教授/7年間分の情報量の差だろう。放射性物質に関しての知識量は、県の内外で「言語が違う」といったレベルになってしまっている。
 例えば、県内の人々は、単位を言わずに数字を言っただけで、空間線量か含有放射性物質の量か、判別できるが、県外の人にはできない。県内の漁業関係者や農業関係者が放射性物質に関して「出る」「出ない」という言葉を使う時はN.D.を基準にしている。しかし、県外のマスメディアやさほど県内の事情に通じていない人は、政府基準の100ベクレル/キロを超えたかどうかと勘違いする人が少なくない。そこに大きな断絶がある。
 近年では、福島県産の食品は放射性物質の検査を行ってもほとんどN.D.であることの事実に対する認知率も低下している(グラフ3)。だが、少なくとも情報量を増やしていけば、現在の福島県民がもつ認識レベルまでは伸ばせるはずであろう。100%の方に事実を知ってもらうのは難しいが、認識を県外の方々にも福島県民と同等レベル、ないしはそれにできるだけ近づけていけるかが、今後、全国的に広報していく際のポイントになるだろう。
 一方で、われわれの行った調査結果によれば、海産物への不安感は日本に比べて海外がものすごく強い。海はひと続きで魚は回遊すると考え、海外の方は自分たちの周辺の海産物を含めて不安に思っている。事故直後はどの程度の放射性物質が拡散したか(今でこそある程度ははっきりしているが)分からなかったし、海外では情報量も少ないので、当時覚えた不安感が全く拭えていない。
 海外においても、不安感が解消したという人は、検査体制・検査結果などの事実の情報を理解している。これら事実をどれだけ伝えていけるかにかかっている。

水産業は構造問題が先

◆福島の水産業の将来を考える手掛かりを得た気がします。

根本部長/ただ、いわゆる“風評被害”のことを論じる前に、産業としてすでに復興して生産物の全量が流通する農業と、津波の直接的な被害を受けたことに加えていまだ試験操業段階にある水産業とは同列に考えるべきではない。最近、官民ともに農業と同列に論じることが多いように思う。
 “風評被害”とは、本来安全なのにもかかわらず、報道などによって売れないことで被る経済的被害を指す。福島県の漁業については、構造的問題まで含めて“風評被害”のひと言でくくっていることが往々にあるので、まずは生産増大を図り販路を回復させる、周辺部分の水産加工などの再興といった課題も含め、総合的に漁業の復興を考えることが“風評被害”対策より先だと思う。

【スタッフ総出で試料準備】福島水試・漁場環境部 緊急時モニタリングルポ

写真①

写真①

 福島県が海産物に対して2011年から行っている緊急時モニタリングは、現在も毎週150~200という数の検体を調べ続けている。

 測定作業はゲルマニウム半導体検出器が置かれた県の農業総合センターで一括して行われているが、そこへ送る海産物をミンチにした試料の準備は、福島県いわき市にある福島県水産試験場漁場環境部のスタッフ5~6人がかりで手分けして行っている。

 午前9時までに各漁港に入船した漁船から水揚げされた海産物は水産試験場へと運ばれ、漁獲日・海域・船名・漁法ごとに分けたトレーに移される。

 まだ生きたままビチビチ跳ねる魚もいる中で、まず体長や重量の測定、年齢を判定する耳石の採取、内臓の内部の確認などを行う(写真①)。

写真②

写真②

 それが終わるといよいよ捌く。骨を除いて身から可食部を切り離し、包丁の刃先で切り刻む(写真②)。

 ミンチになった身はビニール袋に入れられ、それぞれの袋の重量を個別に量る(写真③)。

 最初に記録した情報に加えて番号が振られ、センターへ送るための準備が終わる。これを延々と繰り返す。

 震災後しばらくは出荷制限がかかった魚種の指定解除に向けた裏付けを取るという側面が強かった。

 しかし、放射性物質がすべて政府基準値未満になったここ3年は、沿岸で漁業者が自主的に検査を行いながら続けている試験操業に対して、その安全性を重ねて担保していくという役割も引き受けている。

写真③

写真③

【福島緊急時モニタリング】海産物調査で5万件突破 1月の不検出99.6%

05

 福島県水産試験場が中心となって行っている、海産物に対する緊急時モニタリングの調査検体が今年1月末までに5万件を超えた(表参照)
 最新月の不検出(=検出限界未満)の割合は509検体のうち507検体で割合は99・6%だった。
 放射性セシウムの基準値100ベクレル/キロ超えなしは、34か月連続。不検出割合は前年同月(96・2%)に比べ3・4ポイント上昇している。
 数値が出た2検体も、コモンカスベ6・6ベクレル/キロ(1月11日採取)と、ババガレイ11・2ベクレル/キロ(1月16日採取)と、いずれも不検出の境界付近だった。

【特集】東日本大震災7年(水産経済新聞18/3/9日付)

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