今語る漁船保険組織統合の意義、山田隆義前中央会会長

2017年4月3日

東日本大震災が統合の背中を押した、と語る山田前会長
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東日本大震災が統合の背中を押した、と語る山田前会長

 平成26年7月、上野新作前会長の突然の退任を受け就任した漁船保険中央会の山田隆義会長が3月31日で退任し、三宅哲夫日本漁船保険組合新会長にバトンタッチした。約65年続いた漁船保険中央会の最後の会長。1月31日に開かれた臨時総会では「まさか、私が中央会の幕引き会長になるとは…」とあいさつし、苦笑いしたことも記憶に新しい。
 山田会長が組合長を務めていた、兵庫県内海漁船保険組合は組織統合一元化反対の急先鋒(ぽう)だった。「兵庫県内海組合は業績がよく、合併の必要性を全く感じなかった。兵庫県内海だけは独自で業務運営する気持ちだった。私だけでなく、役職員もそういう気持ちだった」。
 ところが23年に3・11東日本大震災が発生。未曽有の大震災に戦慄(りつ)した。とりわけ漁村は悲惨な状況だった。数多くの漁船が陸に投げ出される映像が流され、状況が変わった。「テレビで無残に陸に乗り上げた漁船を見るたびにこれは大変、人ごとではない」と実感。同時に「再び巨大な東海、東南海、南海地震が起きたらどうなるのか。漁船保険という組織は生き残れるのか」と強く思った。「自分の組合さえ生き残ればよいという問題ではない。45の組合と中央会がともに助け合わなければ、とても生き残っていけない」という気持ちに変わった。その1年半後の24年秋には、兵庫県内海組合はほぼ組織統合の方向となり、25年には組織決定。この間ブロック会議や設立準備委員会を何回も開催し、周到に準備を進めた。「漁業者のための保険、漁業者に役立つ保険を目指して行動してきた」。組織統合の一元化という大役を果たし終え、骨休めはこれからだ。[....]